第299回:新学期の日本語の授業風景
一月からの新学期で、また新しい生徒さんがたくさん、日本語の授業に入って来ました。普通、語学の授業は15人以上が限度といわれています。日本でも駅前の英会話教室など、3人、5人とか個人レッスンなどとよく宣伝しているように、人数が増えると授業の効果というのでしょうか、能率も落ち、生徒さん一人ひとりに費やす時間も少なくなり、効率がガックンと下がります。
ところが、初級日本語クラスに40人の生徒さんが詰め込まれてしまったのです。いくら大学の語学の授業は会話学校ではないといっても、いくらなんでも多すぎます。放っておけば40人づつで2、3クラスになりかねない人気なのです。大学の事務所に1クラスの生徒さんを20人前後に抑えるよう掛け合っても全くラチがあきません。大学もビジネスになってきているので、何でもよいからたくさん生徒さん集めたいのでしょうね。
日本語は確かにブームです。私の専門は言語学ですが、ほんの付け足しと始めた日本語のほうに生徒さんが圧倒的に多く集まり、日本語の初級クラスの他に中級、上級クラスまで受け持つハメになってしまいました。終いには、最上級のクラスも開いてくれと、生徒さんたちが署名を集めたりして、結局、最上級クラスは、学校の単位が取れる授業ではなく、一応私がカリキュラムを作り、それに沿って自学自習のように行うことになりました。覗いてみると、大学のカフェテリアの一角でリーダー格の生徒さんを囲んで、真剣に勉強会をやっていました。
なんだか、日本語の授業は本業の俳優さんが、遊び心で唄った歌の方がヒットしてしまったみたいな感じです。
時期も良かったのでしょう。地元だけでなく、コロラド州のチョットした町の中学、高校でも日本語を教え始めましたから、アニメブームに乗った生徒さんばかりではなくなりました。
チョット困るのは、5~7人もの立派な教授陣を抱えたスペイン語を取る生徒さんが急激に減り、ラテン語、ギリシャ語は閑散たる有様で、生徒さんが日本語の方に来てしまうことです。とても私一人では対処できないくらいの人気クラスになってしまったのです。
ここ数年、ハワイの日系人2世、3世の生徒さんがわざわざ地元のハワイからここコロラドの山郷にあるこの小さな地方大学に来て、日本語の授業をとることが増えました。日系2、3世、4世ともなると、家に余程のお爺さん、お婆さんでもいない限り、日常は英語で生活する、全くのアメリカ人ですから、ウラ覚えの挨拶程度の日本語しかできません。そこで彼ら、自分のルーツである日本人の日本語を学ぼうと心機一転して私の授業に来ているらしいのです。
他の語学のクラスに見られない日本語クラスの特徴ですが、たくさんの先輩たち、たとえば初級クラスには、すでに初級の単位を取った、中級、上級クラスの優秀な生徒さんたちが参加してくれることです。彼らの存在はとても大切で、初級の生徒さんの会話の相手をするだけでなく、ノートのとり方や書き方、宿題も見てあげているようですし、何と言っても初級クラスの生徒さんたちのモーティベーションが格段と揚がります。日本人の留学生も大先輩として授業に出てきてくれます。
もう一つ、スチューデント・アシスタントと呼んでいますが、学生さんの助手が授業を助けてくれ、毎日行うテスト、作文に赤を入れてくれることです。長い間私を支えてくれた、とても優秀な日本人のアシスタントが日本に帰ってしまったので、今はクラスの中でマジメで勤勉な生徒さん(アメリカ人です)にアシスタントをお願いしています。
ウチのダンナさん譲りの乱暴な男言葉についついなってしまいがちな私の日本語が恥ずかしくなるくらい、彼女はいつも丁寧語で話します。日本語を話す時は、性格も日本的になってしまうようで、ウチのダンナさんは彼女のことを、「アリャ、今の日本にあんな女性はいないぞ。なんだか明治に戻ったみたいだ」と言わしめています。
だんだん、レベルの高い質問をする生徒さんが増え、私の能力に余るようになってきたのがうれしい問題です。今学期の初めに、一人の女学生が私の事務所に来て、本当にまじめに、「先生、日本人になるにはどうしたら良いですか」と訊いてきました。大柄な金髪、青い目の女性が、いきなり日本人になりたい……と言われても、とても良い解決策などあるわけがありません。せいぜい日本語をしっかり身につけることが先決です……とありきたりの返答しかできませんでした。
私の甥っ子も日本狂ですし、日本に集団移住したい人、全員集合! と号令をかけたら、大変な数の人が集まるのではないかしら。
私の日本語クラスから、すでに6人、日本へ留学しています。これからも日本に行く学生さんが増えていくことでしょう。こんなに人気が出てしまうと、下手な歌でも唄い続けるよりしょうがないか…と思っています。
これを書いているとき、また日本に永住し、日本人になるにはどうしたら良いですかと、今度は男の学生さんが事務所にやってきました。
第300回:冬山と春山、そして温暖化と旱魃
|