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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第719回:決してなくならない人種偏見、そして暴力

更新日2021/08/05


先日、マーティン・ルーサー・キングのいくつかの演説をビデオで続けて観ました。1963年のフリーダム行進の時、ワシントンに集まった30万人とも言われている群衆の前で、オベリスクを背にして、かの有名な“私には夢がある…”の演説は今観ても感動させられます。その時、色々な人、無抵抗、無暴力の市民権運動に関わった有名人が入れ替わり立ち代り演説しましたが、キング牧師の演説が群を抜いていたと思います。 

その20年後、1983年にもう一度、市民権運動、ワシントン行進が行われました。その時の記録映画も観ましたが、キング牧師はすでに暗殺されていましたから、もちろん参加しておらず、彼の奥さんが壇上に立ちました。でも、なんとも盛り上がらない集会のように感じました。ジェシー・ジャクソンがキング牧師の跡を継ぐような良い演説をしてはいたのですが…。

黒人の市民権は徐々に改善しつつあると信じたいのですが、とてもマーティン・ルーサー・キングの夢が適った状況ではありません。それどころか、市民権運動はこれからも長く、苦しい道を歩まなければならないでしょう。

昨年、ミネアポリスの路上で逮捕された黒人ジョージ・フロイドさんが警察官に頸を圧迫されて殺され、“黒人の生命も大切だ”(Black lives matter)運動、デモが一挙に盛り上がりましたが、その後も警察官による黒人殺しは続いています。

幸いと言って良いのか、今監視カメラが街のあらゆるところに設置されている上、ほとんどの人がスマートフォンなどのカメラ付の携帯電話を持っていますから、ショッキングな映像がYou Tubeだけでなく、テレビのニュースに流れ、こんな酷いことが実際に起こっているんだ…と観ることができるようになりました。それでオマワリさんも少しは気を遣い、誰も撮影できないようなところで、黒人イジメをしているのかもしれませんが…。 

監視カメラ、携帯カメラ以前の時代は、白人至上主義者や彼らに選ばれた警察官はやりたい放題だったのでしょう。例えば、オクラホマ州、タルサ(Tulsa)の町で起こった黒人居住地区焼き討ち事件があります(タルサ人種虐殺;1921年5月31日-6月1日)。この事件はアメリカ黒人の歴史で忘れてはならない大きな事件だと思います。が現在、アメリカ人の、主にコーカソイド(白人系)の何パーセントの人がこの事件を知っているか疑問です。

1921年6月1日に起こったタルサの町のグリーンウッド地域、黒人街を襲った白人暴徒、モブが300人以上の黒人を殺し、1,115軒の家、教会、工場、店、学校、病院に火をつけ、東京の大空襲、爆撃の跡のような惨状にしたのです。この事件は“1921年のタルサ人種虐殺”として知られています。この事件の大要はメリー・ジョーンズ・パリッシュという、彼女自身、子供を連れてグリーンウッドから生き延びた女性が記録を残しておいてくれたので、知ることができます。わたしのこのコラムも彼女の本に頼っているのですが…。

このような暴動のキッカケはいつも些細なことです。5月30日に地元の19歳の青年ディック・ローランドがタルサのダウンタウンにあるドレクセル・ビルディングのエレべーターに乗り、3階で降りる時に躓いたかどうかして白人の17歳の少女、サラ・ペイジにぶつかってしまい、サラが鋭い悲鳴を上げ、周囲の人が駆け寄り、と同時にディックが走って逃げたのです。

もし、ディックがその場に残っていたら、リンチに逢う可能性があっただろうし、サラが悲鳴を上げず、偶然ぶつかっただけだからと冷静に構えていたら、黒人街を燃やし、黒人を殺す凄惨な大事件に発展しなかった…と思われます。

しかし、キッカケがいかに些細なチョットした出来事であったかにせよ、すでにタルサの町にはそのような事件がいつ起こってもおかしくない要因があったのでしょう。

事件当時のタルサの町は人口が10万人ほどで、そのうち1万人が黒人でした。黒人の居住地区は画然としていて、南アフリカのセグリゲイション(segregation;居住地域分化現象)そのままの状態でした。黒人居住地区、焼き討ちにあったグリーンウッド地区内に、黒人の小学校、中学校、高校があり、十数箇所に教会があり、劇場も2軒、雑貨屋、レストランも何件か、お医者さんもおり、その地区内に新聞社が二つあるという、グリーンウッド地区ですべて間に合う一種の独立共同体を造り上げていました。家や店舗、事務所などの建物も当時高価だったレンガ造りで、町並みが整っていて、今私たちがイメージする大都会の黒人ゲットーとはまるで違った様相を持っていました。

タルサの白人、とりわけ教養のないプワーホワイト層にとって、あいつらが俺たちより優れた共同体を造り上げていることに我慢がならなかったし、いつかあいつらがタルサの町全体を牛耳ることになると思い込んでいたのでしょう。1919年1年だけで、リンチで殺された黒人は全米で数百人に及び、ヘイトクライムが大手を振ってまかり通っている時代でした。タルサの白人たちは、何かコトがあれば、黒人地区を破壊しよう、立派になりすぎた黒人を虐殺してしまえと、控えていたとしか思えません。

ディックがサラにエレべーターでぶつかってから、たった一日で、情報が町中に伝わり暴徒たちがグリーンウッド地区で襲撃を開始しています。農薬散布用の飛行機まで飛ばし、まるで焼夷弾のように火炎瓶を撒き散らし、地上では火事から逃れる黒人を白人暴徒が狙い撃ちしているのです。

白人暴徒だけとばかり言えません。市の警察が白人の市民を大量に臨時警官(deputy)として、西部劇そのまま、シェリフのバッジを与えているのです。これぞキチガイに刃物です。シェリフのように星のバッジを胸に付けたとなると、この暴徒はもうやりたい放題です。なんせ彼らは市の権力、権限を背負っているのです。重武装した仲間に守られながら、一軒一軒火を点けて回り、一万人以上が住む黒人地区を焼き尽くしたのです。

黒人地区グリーンウッド焼き討ち、黒人殺害に加わった白人至上主義者の武器をもった暴徒は一万人といわれいます。 もちろん誰も罪に問われていません。

焼かれ、壊され、略奪にあった医院が8、教会12、食品店、肉屋も10数件、ホテル5軒、図書館、小中高の学校、そして住居1,115軒、などなどを塵芥に帰したのです。この白人至上主義者の暴徒は、火を点ける前に店の商品、家屋の家具などを略奪しています。

アメリカの多くの州では、放火は殺人同様の重い罪と決められています。ですが、大半の焼き討ち、殺害の対象が黒人である限り、犯人は逮捕されていません。万が一逮捕されても、陪審員全員が白人の裁判で無罪になっています。

黒人の新聞は焼き討ちに遭って、とても論陣を張るどころではありませんでしたが、タルサの白人新聞『The Tulsa Tribune』は“ディック・ローランド(黒人の少年)がペイジ(白人の少女)を襲ったのは、この紙面を引き裂くような衝撃だった。今すぐ、今夜にもニグロたちをリンチに架けろ”と煽動しています。

タルサの黒人大量虐殺事件ほどでないにしろ、アメリカの黒人歴史は、焼き討ち、リンチ、殺害の連続でした。そんな立場に置かれながら、非暴力の市民権運動を追行するのは、想像に余りある強い意思がいることでしょう。

奴隷解放から150年以上経った現在でも、マーティン・ルーサー・キングの夢は叶っていません。“夢”がユメに終わってしまいそうな現状をみると、夢を抱きつつ運動を続けていくのがいかに大変なことか、分かるような気がします。

-…つづく 

 

 

第720回:アメリカ大陸横断の賭けとハイウエー

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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