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第393回:流行り歌に寄せて No.193 「山谷ブルース」「友よ」-その1~昭和43年(1968年)

更新日2020/04/16



今春からNHK連続テレビ小説で、古関裕而がモデルとなった作品『エール』が始まった。私の敬愛してやまない作曲家の生涯を描いているので、本当に楽しみにしている。テレビをつける度に、心を塞がれるような映像しか出てこない昨今、言葉通りの、一服の清涼剤になってくれることを期待している。

さて、今回は昭和43年9月25日に発売された岡林信康のシングルレコードのA・B面の曲である『山谷ブルース』と『友よ』について書かせていただく。

このように、レコードの両面について書いたのは、5年半ほど前の小林旭の『北帰行』『惜別の歌』以来で、今回は2回目である。その際、ご丁寧にもその後両面曲ともが売れたシングルレコードをいくつか挙げているが、今回のレコードは入れていなかった。まったくの認識不足でご容赦いただきたい。

さて、今回は『山谷ブルース』の方のお話しをしていきたいと思う。私は上京して2年ほど経った頃、昭和51年くらいのことか、この歌の背景を知るために「山谷に行ってみたいんだけど…」と東京で知り合った先輩に尋ねたことがある。

彼は「止めとけ。お前なんかが興味本位で行ける場所とは違う」と言下に反対した。日頃から、割に穏やかな話し方をする人だったので、その強い口調に、私は少なからず驚いてしまった。

その後、彼が話してくれた内容によれば、彼の屈強な友人が、ある種の侠気を持ってその地を訪れたことがあったのだが、圧倒的な雰囲気に押し潰されそうになって、逃げるようにして帰って来たそうである。そして、その後二度と山谷については語らなかったという。

さて、敬虔なクリスチャンで、同志社大学の神学生であり、まだ二十歳前後だった岡林信康が、どのような心の経緯から、山谷で日雇い労働者として働くようになったのか。その時実家でもあった教会で、そこに通ういわゆる不良少女のことを巡り、牧師である父親や教会員と、岡林との間に確執が生まれた。

そして、大学での神学教育にも疑問を感じ、いろいろと遣り切れない思いの中で、なかばヤケクソ気味に、しかし山谷で伝道を続ける中森牧師、伊藤牧師(日本基督教団隅田川伝道所を設立)に教えを請う思いもあって、彼の地に足を運んだのだという。

岡林は、山谷の中で出会った人に恵まれた。山谷労働センター前の宿舎に寝泊まりしたベッドの下段が岡林、上段にいたのが田頭道登さんという人だった。岡林より14歳ほども年長な田頭もクリスチャンだったが、親と仲違いし、愛媛県の家を飛び出して上京、様々な仕事を転々としたのちに、前述の伝道所の二人の牧師を頼って、3年ほど前に山谷入りをした。

その後彼は、前述の伝道所の書記を始め、山谷の労働者の社会的な地位向上のために多くの活動をする人となった。岡林は、彼から言葉をかけられいつしか親交を重ねていく。

田頭がずっとドヤ街にとどまり生活を続けていたのに対し、岡林は学生の夏休みのアルバイトである日雇い労働であり、体験学習に近いものだったという。



「山谷ブルース」 平賀久裕・岡林信康:作詞  岡林信康:作・編曲  岡林信康:歌


今日の 仕事はつらかった

あとは 焼酎を 呷るだけ

どうせ どうせ山谷のドヤ住まい

ほかに やること ありゃしねえ

 

ひとり 酒場で飲む酒に

かえらぬ 昔が なつかしい

泣いて 泣いてみたってなんになる

今じゃ 山谷が ふるさとよ

 

工事 終わればそれっきり

お払い 箱の 俺たちさ

いいさ いいさ山谷の立ちん坊

世間 うらんで なんになる

 

人は 山谷を悪く言う

だけど 俺たち いなくなりゃ

ビルも ビルも道路も出来ゃしねえ

だれも わかっちゃ くれねえか

 

だけど 俺たちゃ 泣かないぜ

はたらく 俺たちの 世の中が

きっと きっと来るさそのうちに

その日にゃ 泣こうぜ うれし泣き



作詞に名を連ねている平賀久裕は、岡林の同志社大学神学部の同級生である。岡林が山谷で働いていた昭和42年、平賀が「山谷を案内してほしい」と依頼し上京してきて、しばらく生活を共にした。平賀はやはりその壮絶な状況にかなりのショックを受けたのである。

そして、当時流行していた扇ひろ子の『新宿ブルース』の替え歌の形で、平賀は山谷の生活者の模様を詞として綴った。その詞を、前出の田頭がガリ版刷りで自費出版していた『山谷のキリスト者』第3号に掲載した。

その雑誌を見た岡林が1番以外の歌詞を大きく変更し、曲をつけて作り上げたのが『山谷ブルース』だったのである。レコーディングの時には、その頃あまりギターを弾く技術のなかった岡林に変わり、加藤和彦が演奏したというエピソードも残っている。

岡林は、一昨年9月から12月にかけてに「岡林信康 デビュー50周年記念 全国7都市9公演ツアー」を開催した。私たちの世代の人々にとって、彼が半世紀歌い続けてきたことには、大変感慨深いものがある。

その時の模様はまだ観ることはできないが、平成19年10月20日に行なわれた、昭和46年以来36年ぶりの日比谷野外音楽堂でのコンサートの様子は、今回具(つぶさ)に観ることができた。この時の革ジャケット姿の彼は、実にかっこよかった。

やわらかい関西弁で「私のたった一つのヒット曲ですから」と観衆の笑いを誘いながら歌い始めた『山谷ブルース』だったが、「だけど俺たちゃ泣かないぜ」から始まる最後の5番が歌われなかった。4番の「だれもわかっちゃくれねえか」で終わってしまった。

36年経って、「働く俺たちの世の中がきっと来」て「うれし泣き」することは、やはりあり得ないという思いに至ったのか。それとも、この詞は初めから、叶わぬことだとわかっていながら呟いただけのことだったのか。知りたいところである。この曲の根幹に、そして岡林信康の思い入れに関わることだと思うからである。


-…つづく

 

 

第394回:流行り歌に寄せて No.194 「山谷ブルース」「友よ」-その1~昭和43年(1968年)


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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