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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第247回:携帯を持ったサル、持たないオラウータン

更新日2012/02/16



アメリカ全土で携帯の電波が届かない地域を色分けした地図を見ると、99パーセントはカバーされています。しかし、その残りの1パーセントの白く取り残された部分に私たちは住んでいるようなのです。まさに文明の恩恵から落ちこぼれた野蛮なところで暮らしているのです…。

私は今まで、名刺と携帯電話を持たずに生涯突っ走るつもりでしたが、日本の大学で教える機会があり、その時の私のスポンサーである「フルブライト」が仰々しい名刺を刷ってくれましたので、名刺の方は自分の意志に関わりなく持たされてしまいました。

初めて自分の名刺を見たとき、"私、こんなに偉かったのか"という感じと、"照れくさくてこんなもの他人に渡せないな~"という奇妙に自意識がくすぐられる思いがしたのを覚えています。ほとんど使わないまま、大量に余り、日本を出るときに捨ててしまいました。というわけで、名刺の方は"前科"があります。

携帯電話で困るのは、「携帯の番号教えてください」と当然のことのように訊かれ、「アノー、私、携帯持っていないんです」と答えたときです。相手の反応は二つに分けることができます。

第一のグループは、目の前に山奥か、ジャングルから出てきた言葉の通じないオラウータンかチンパジーが突然現われたかのように、私をマジマジと眺める人がいるのです。中には言葉を失って、口をポカンと開けたまま閉めるのを忘れる人もいるくらいです。

もう一つのグループは、私が携帯電話を持っているけど、何かの理由で番号を教えたくない……と思い込んでいる人たちです。言ってみれば、私を信用せず、今どき携帯を持たない人間が存在するはずがないと頭から思い込んでいる人たちです。

いちいち、私が住んでいるところにはテレビ、FMの電波さえ届かず、携帯電話なんて全く使用できないこと、iPhone、スマートホーンなど無用の長物だと説明するときもありますが、近頃は面倒になり、どうにでも勝手に取れ……という気になっています。

アメリカは他の国に比べ携帯電話の使用料が格段に安く、おまけに国が広いですから、大陸横断で電話すると、固定の電話に比べえらく安いことになります。100%近くの携帯電話使用料は全米どこへにでもかけ放題の月決め料金で、しかも家族3人~5人まで電話機をただ同然でくれますから、逆に固定電話を解約してしまう家が増えています。

タイム誌によると、月決め料金で使用した時間を割り、平均値を出したところ、日本は一分間25セント、ドイツでは16セント、イギリスでは11セントかかっているそうですが、アメリカではなんと4セントにしかならないそうです。

これでは、固定電話で長距離電話をかけることなど、馬鹿馬鹿しくなってくるのは当然でしょうね。おまけに最近の携帯にはさまざまな機能が付いていて、人間を孤独にしない、退屈させないようにできているそうですから、一度、携帯の世界にはまると、抜け出ることができないらしいのです。

ウチのダンナさんも仙人を自認しているくらいですから、山の暮らしがたいそう気に入っています。携帯電話よりも、よく切れるチェンソーやバランスの良いマサカリのほうが大切なタイプの人間です。

そのダンナさんが、『携帯を持ったサル』(正高信男著)という本を読んでいました。 題のつけ方もハットさせるし、ダンナさんが拾い読みしてくれた内容も(私自身で読んでいないのですが)噴出さずにはいられないほど、滑稽で興味深く、電車の中でハロー・キティーなんかのマスコットがぶら下がった携帯でピコピコやっている人たちの情景をまぶたに浮かばせてくれます。

私は山奥のオラウータンで一向に構いませんが、あなた方は"携帯を持ったサル"なのですよ、サルマネは止めて、山に帰るときなのかもしれませんよ。 

でも、私もサルに引掻かれたり、噛みつかれないよう用心しなくては。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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