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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第531回:“性器の大発見”~イグ・ノーベル賞2017

更新日2017/09/28



また今年も、ハーバード大学が主催するイグ・ノーベル賞が発表されました。そしてまた日本人が受賞しました。対象になった研究は、ブラジルに生息する身長がせいぜい3ミリ程度の昆虫で、その虫がなんと40時間から70時間もの間交尾し続け、しかもその間にオスがメスになり、メスがオスのペニス(とは書いていませんが、交接器)を持つに至るという、オスとメスが逆転、交換するという、まさに同一性障害や、性転換が一般的に認められるようになった現代にピッタリとフィットするような研究なのです。

この虫は「トリカエチャタテ」と名付けられています。名前の由来もふるっていて、平安時代の『とりかえはや物語』から取ったというのです。そんな物語があることすら知りませんでしたが、この超ユニークな研究を行なったのは北海道大学の吉澤和徳先生と慶応大学の上村佳孝先生、それにスイスとブラジルの学者です。

そして、共同通信社が“性器の大発見”と外国語ではできない、日本語ならではのシャレで、“世紀”を“性器”として報道したのを、私は盗用しました。こんな研究、フィールドワークを長年続けてきた生物学者、それをうまいシャレで報道した共同通信社、またそんな研究に目を付けたハーバード大学の学生さんたちには立派、凄い、偉いと感心させられます。なにせ5,000件もの対象論文、レポートに目を通すだけでも大変なことでしょう。

ちなみに、今年の物理学賞は、猫の体がクネクネと器の中に納まり、体型を変えることの研究? 平和賞はオーストラリアの先住民の音楽“ディジュリウ”が閉塞性睡眠時無呼吸症候群に効く? という発見に、経済賞は生きたワニに直接触れる時、恐怖感、嫌悪感を抱く人はギャンブルに慎重で、平然としている人は大金を賭ける傾向が顕著である? という研究に、解剖学賞は老人の耳は1年間に平均0.22mm大きくなり、それは万有引力によるという成果に与えられました。

日本人がこのイグ・ノーベル賞を受賞しなかった年が珍しいくらい常連で、常勝しています。日本と競り合っているのがイギリスで、両方の国に変人、奇人を笑って受け入れる土壌があるからでしょう。

これぞ文化の深さ、広さだと思います。すぐに実益に結びつく研究、ガンの特効薬とか、素早く充電でき、しかも軽く、長時間使える電池とかを作り出すことはもちろんとても大切ですし、私たちはその恩恵を盛大に受けています。しかし、実用的な発明発見をすることだけが科学ではないと思います。

イグ・ノーベル賞の賞金は10兆ジンバブエ・ドルです。ところが、このジンバブエ・ドル、10兆ドル、ものすごいインフレで日本の一円ほどにしか相当しません。しかも流通を取りやめていますから、単なる紙切れで、炊きつけにしかならないと言うのです。吉澤先生、上村先生の研究室の壁に額縁にでも入れて飾るのがせいぜいでしょうね。授賞式への出席も交通費、ホテル代などすべて自前です。ちなみに、本物のノーベル賞の賞金は値上げになり、今年は1件当たり900万クローネ(1億2,000万円相当)になりました。

イグ・ノーベル賞は一見、全く役に立たない、そして笑わせるような研究に焦点を当てていますが、文化批判も忘れていません。ヒロシマ原爆の50周年記念の年に、太平洋で原子爆弾の実験を行った時のフランス大統領、シラクに平和賞、未だに進化論を公立の学校で教えることを規制しているカンサス州とコロラド州の教育委員会へは科学賞を与えています。

イグ・ノーベル賞は一見バカバカしい研究を続けることの大切さ、自分自身を笑える精神を持つことのユトリのあり方を私たちに教えてくれます。それはとても高尚な精神、心だと思うのです。

吉澤先生、上村先生、イグ・ノーベル賞、受賞おめでとうございます。

 

*交尾器が雌雄で逆転した昆虫の発見 -雌がペニスを持つ洞窟棲チャタテムシ (Press Release)

 

  

第532回:“国歌斉唱、ご起立ねがいます”

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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