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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第532回:“国歌斉唱、ご起立ねがいます”

更新日2017/10/05



大阪府立支援学校の奥野泰孝先生が、君が代斉唱の時に起立しなかったとして減給処分されました。彼は上告しましたが、認められませんでした。根津公子先生のように10回以上懲戒処分を受けている人もいます。

日本で“君が代”を歌う、聴く機会は大相撲の千秋楽くらいかなと思っていましたが、結構卒業式で“仰げば尊し~~”の次くらい歌われているようですね。ウチの仙人は小中高大の卒業式で歌ったことないな~~とか言っていますが、儀式嫌いの彼、だいたい高校、大学の卒業式に出席していないから、あまりアテになりません。とは言うものの、彼、年々政府の国家主義傾向が強くなり、日の丸、君が代の出番が多くなったのではないか…とコメントしています。

アメリカの公立の学校の教室には、必ずと言ってよいほど国旗が飾られています。アメリカは雑多な民族、移民の寄せ集めの国ですから、何か芯になる共有感が必要だったのでしょう。やたらに国旗をはためかせ、憲法をあらゆる議論に持ち出し、そして国歌をやたらに歌う傾向があるのです。さすがに、私の働いている大学の教室には国旗はありません。ただ、キャンパスの中央にある広場みたいなところに3本のポールが立っていて、アメリカの旗、コロラド州立大学ですからコロラドの旗(そうなのです、各州に独自の旗があるのです)、そして大学の旗がヒラメイテいるだけです。

スポーツのイベントに国歌は欠かせません。日本の“君が代”斉唱とは全く異なり、一人の歌手がマイクロフォンで国歌を歌うことがほとんどで、斉唱とはかけ離れた、ブルース調で引き伸ばすように歌ったり、ラップ調だったり、カントリーウェスタン節だったり、有名なところではジミー・ヘンドリックのジャズロックのアドリブ国歌でしょうか。それに合わせて観衆が一斉に歌うのは不可能なほど、皆個性的に、自分流に編曲して熱演します。

大きなプロの試合なら高名な歌手、田舎チーム同士の試合や卒業式なら卒業生やその町の喉自慢が歌います。絶叫するのはいいのですが、それがまた音痴で、かなり音程がズレていたりで、スタジアムにいる観衆がヤジを飛ばしたりで、結構面白い国歌独唱にお目にかかることもあります。これを幾つも録音すると、とても面白い記録になるのではないか…といつも思います。

“君が代”はチョット、ロック、ブルース、ジャズっぽく歌うのは難しい曲かも知れませんね。せめて演歌調、都はるみの“君が代”が許されてもいいのではないかと思いますが…。

アメリカの国歌は斉唱ではなく独唱が多く、それに合わせて列席者も歌ったり、歌わなかったりでいいのですが、必ず起立しなければなりません。そして右手を心臓のところに当て直立不動の姿勢をとります。スポーツのイベントですと、選手たちは一様に国旗を見上げ、感極まった表情を見せるのが、正調、国家公認の正しいあり方です。

それが、週末に全米で一斉に行われるアメリカンフットボールの定期戦で200人もの選手が起立しなかったのです。中にはコブシを突き上げ、きっぱりとアメリカの国体のありかたにプロテストする選手もいました。と言っても、私はアメフトのファンでもなんでもなく、夜中に聞いているBBC(イギリスの放送局)のニュースでそんな事件を知り、翌日、数種の新聞をチェックしただけですが、起立して胸に手を当てなかったとはいえ、抗議した選手たちは片膝をつき、他の国の人が見たら、敬虔な祈りを奉げているようにさえ見えるポーズなのです。それが、大統領まで乗り出す(口を出す?)大きな社会問題になりました。この抗議は最近増えている白人の警察官が黒人に暴力を奮い、死に至らしめている事件に対してのものです。

メキシコ・オリンピック(1968年)の時、アメリカの黒人選手、200メートルで優勝したトミー・スミスと3位のジョン・カーロス(この二人はアメリカ人)、銀メダルのオーストラリア人までが優勝者の国の国歌演奏の際、黒い手袋をはめたコブシを突き上げた(サリュートと呼ばれているポーズです)事件があったと、そんな古い事件を異常に覚えているウチのダンナさんが教えてくれました。

しつこく調べるのが教師のサガです。アメフトの試合で国歌の時に起立しなかった事件は、昨年、サンフランシスコ49ersのクォーターバック(アメフトではチームの要、スーパースターです)のコリン・カエパーニックが一人で行い、契約を解除された上、他のどのチームオーナーも彼を雇わなかった事実があります。彼は起立しないことで何億円にもなる自分のキャリアを棒に振ったのです。先週末の試合では6人だけ起立しなかったのが、今週は200人に増えたのですから、アメフト選手全体に大きな影響を及ぼしつつあるのは事実です。

モハメッド・アリが彼の全盛期に兵役を拒否し、チャンピオン剥奪、刑務所入り、恐らく何十億円もの収入の道を断ったのは忘れることができない事件でした。彼は、「もし、他の国がアメリカに侵入していたら、私はいの一番に銃を持って戦う。しかし、今アメリカがベトナムでやっているのは、女、子供、農民を殺しているだけだ」と、憤然と入隊を拒否したのです。

今回のアメフト選手のただ立ち上がらないだけの抗議に、トランプ大統領はまるで下町のゴロツキのようなキタナイ言葉(英語で最悪の罵詈雑言“son-of-bitch”)で罵りました。
「娼婦のガキども、テテなし子め、すぐにオメーたちがアメフトで働けないようにしてやる。こんな試合を見に行くな。オーナーたちは彼らを即クビにしろ!」
チョットあんた、一応は一国の代表なんだから、もう少し冷静に言葉を選んでコメントした方がイイんじゃない、と言いたくなるほど酷い言葉使いでした。このような米語のニュアンスは日本語に訳すのがとても難しいです。

アメフトの選手の80パーセントは黒人です。もし、白、黒対抗戦があれば、バスケット、野球、アメフトすべて圧倒的に黒が勝つ、と言うより、試合にならないでしょう。唯一、白が勝つのはアイスホッケーだけかしら。 

悪いことに、アメフトチームのオーナーはこぞってリパブリカン(共和党)、大統領選挙では何億円もトランプ陣に寄付しているリパブリカンなのです。 昨年、ただ一人で抗議し、今シーズンはシゴトにありつけなかった49ersのコリン選手のように、チームのオーナーがトランプ大統領の意向通り、200人の選手のクビを切る…かと思っていたところ、全米アメフト協会の会長さん(コミッショナー、ロジャー・グディル、彼はトランプの選挙に1億円相当を寄付しています)はいち早く、「公民権のために戦ってきた者、今も戦っている英雄たちにビンタを食らわせることなどできるか、選手個人の表現の自由の問題であり、この権利は憲法で守られている」とぶち上げたのです。また、恒例になっているNBA(アメリカのプロバスケットボール協会)優勝チームのホワイトハウス表敬訪問も、選手と監督の意向で取りやめになりました。

今回の国歌演奏の時に起立しなかった問題は、国家権力“警察官”が黒人に暴力を振るい、殺してさえいることに対する非暴力的な抗議なのです。警察署をライフル、拳銃で襲うのとは次元が違う平和的な無抵抗の抗議運動の一環なのですが…。

 

  

第533回:書く手段の変遷と文章の関係は…

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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