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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第123回:押し売りと訪問者たち

更新日2020/06/25

 

海岸プチの小さな浜のカフェテリアをやってきて、お店にやって来るのはお客さんだけでなく、実に多種多様の人たちが来ることに驚いた。 

春先、セマナサンタ(イースター)の前、テーブルにペンキやニスを塗ったり、塀や柵も塗り替え、台所も磨きたてたりの開店準備をしている時には、ワイン、ボデガ(bodega;食料品卸し、ワイナリー)の業者、ミネラルウォーター、ソフトドリンクのセールスマンなどの訪問が多い。

ワイン、ミネラルウォーター、コカコーラなど、一社で扱ってくれればこちらにとっても便利なのだが、それぞれに勢力配分があるのか、ワインだけでも6、7社あり、ハウスワインはヴァルデペーニャ(Valdepeñas)ものを主に扱っているボデガ、少し上のクラスのワイン、リオハ(Rioja)ならまた別のところ、そしてカタルーニアの白ワインとシャンパンは別の業者…と、私の小さなカフェテリアでさえ三つのボデガから仕入れていた。ビールも3、4社が別にあり、そしてコカコーラとペプシコーラも別、ソフトドリンク、ミネラルウォーターもブランドごとにと、やたらに細分化しすぎているのだ。それらの業者がサンプルを携えて店舗に売り込みに来るのだ。

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定番タパスのCallos(カージョス)

当時、やっと冷凍食品が出回り始め、アルゼンチン産のフィレ肉やヴァレンシア産の鳥の胸肉だけでなく、小規模のカフェテリア、レストラン用に一人前づつパッケージに入った、飛行機の機内食のようなモノを売り込みにセールスマンが来るようにさえなった。スペインのバルで典型的なタパス(tapas;小皿料理)といえばカージョス(callos;豚の胃袋を辛く煮込んだもの)だが、そのカージョスでさえ大型冷凍パッケージで仕入れることができる時代になりつつあった。 

セールスマン、ウーマンの次に多いのが仕事探しで、ウエイター、ウエイトレス、洗い場、キッチンヘルパーの仕事はないかと尋ねてくる。毎年10人以上は来ていただろうか、ウエイター、ウエイトレスとして働きたかったら、もう少し清潔な身なりをして来ればよさそうなものだが、余程お金に困っているのか、ただイビサでひと夏過ごしたいだけなのか、脂ぎった不精髭のままでやって来る御仁もいる。多くは、フランス語、英語、ドイツ語が話せる、どこどこレストランで働いた経験を持つ…など、自薦の弁で巧みに売り込んでくる。

洗い場の方はアンダルシアやヒターナ(gitana;ジプシーの女性)の叔母さんが多く、泣き落とし戦術で、私には幼子が3、4人もいて食べさせなくてはならない、一生懸命働くよ…とやるのだ。私の小さな浜の家カフェテリアには、もう洗い場はカルメン叔母さん、ウエイトレスはアントニア、私が調理場と、それで充分な店だから、求職活動で訪れた人はすべて断っていた。

店を開け、シーズンも佳境に入った頃、私服のグワルディアシヴィル(guardiacivil;治安警察)の定期訪問がある。まずは店の営業許可証、保健所の検査済み証、それに私の外国人労働許可証を提出させ、すべて問題がないとなると、“グワルディアシヴィル友の会”に入会しないか、その会員証を壁に張れば、他の(自分のようなタカリお巡り)はすぐに引き下がるから、会費なんぞ安いもんだと、スペイン人の官権恐怖症に付け込んだ押し売りをするのだ。私の場合は水戸黄門の御札、“大家のゴメスさんの元に行け”があるので、怪しげな人物、検査官などはすべてゴメスさんに送った。と言っても、彼らタカリの官権どもは、ゴメスさんのところまでは行くはずもなく、もっと良いカモを探して、旧市街を徘徊するのだろう。

イビサ市の検査官は、建築が安全であり、火気取り扱い、台所の換気扇などをチェックするために一度来ただけだった。換気扇は調理台の上に大型のモノを自分で取り付けてあったし、客席はすべて戸外だから、火事の時の緊急避難には問題がなかった。来るはずになっていた保健所からも、政府観光省からも誰も来なかった。フランコが死んで数年後に始まった税金の申請制度、税務署の役人が客を装ってやって来て、店の繁盛振りを視察し、オフシーズンに監査が入る…と、イギリス人、北欧人、ドイツ人の商売人は恐れ、忠告してくれたが、それもついに一度もなかった。店を開始する前の煩雑さが嘘のように、一旦開店に漕ぎつけた後は、すべて本人の腕、汗と工夫だけが勝負なのだ。

夏場になると、花売り娘…と言っても若くない、中年手前の女性がいかにもエレガントな長いドレスを着込み、バスケットに小さな花束を幾つも入れ、テーブルを回り、丁寧に挨拶した後で、主に男女のカップルの席で男性に花を買わせようとするのだ。当時200ペセタ(peseta;昔のスペイン通貨)ほどだったと記憶しているが、相当良い儲けになるな~と思ったのを覚えている。ところが、『カサ・デ・バンブー』は常連が多く、しかも彼らの大半はイビサ常駐組だから、花束の売り上げは芳しくなかったと思う。

その後、センネガル人がゴソッとやって来るようになった。彼らはアフリカイメージ溢れる派手な貫頭衣のようなムームーを着て、見るからに安物の腕輪、首飾り(いずれも中国製のテキヤ商品)、それに粗雑な木彫りの人形などを売っていた。彼らは動きが全体に緩やかで、のんびりと持ち歩いている商品をテーブルに並べ、食事中のお客さんが興味を示そうが、示すまいが一向に構わず、一つのテーブルから動かず、ありったけのものを見せるのだった。中には椅子に座り込む者もいて、私は店でお客さんの邪魔にならないようにテーブルを回り売るのは良いが、椅子には絶対に座るな…と申し渡さなければならかった。

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束ねたニンニク(Ajo)は台所に吊るして使います

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ワラやコモを編み込んだ椅子は軽くて座り心地もいい

そして、ヒターノのニンニク売りが定期的に回ってきた。ニンニクを束ね縄のように編んだのを、そのまま持って来ていた。一本の縄に20~30個、赤ちゃんのコブシほどの大きさのニンニクが付いているもので、これは良く買った。

スペインの古い椅子はワラ、コモを編んだものを、お尻を乗せる部分に張ってある。これは座布団などが必要でないほど座り心地がよい。だが、ワラだから擦り切れやすい。椅子の張替え屋が流行る所以だ。張替え屋はトラック、車など持っていないから、あらかじめ何脚頼むというと、自転車にワラを積んでやってきて、木陰に陣取り、バケツ一杯の水を所望し、ワラに湿り気を与え、捩り、細いパイプの斜めに切った原始的な道具でコモをパーンと張った椅子に仕上げてくれるのだった。

その時、よくぞまあそんなに唾が出るものだ感心するほど、手に唾を吐き掛けていた。この爺さんがなんらかの伝染病を持っていたら、この椅子から盛大に感染するのではないかと思わせたが、まあ、ドイツ人のデッカイお尻はいかなる病原菌も受け付けないだろう…と、余計な心配はやめることにした。このよく陽に焼けた初老の職人に、冷えたビールを差し出したところ、遠慮しながら、“グラシアス”を繰り返し、美味そうにゴクゴクと飲み干した。

研ぎ屋もよく回ってきた。最初の頃は自転車の荷台に回転式の研ぎ石を設え、それをペダルで踏み回すという、なかなか工夫された道具立てでやってきた。じきに49ccのバイクの後輪の軸にベルトを架け、荷台の研ぎ石を回すという“機動式包丁研ぎ機”でやってくるようになった。仕上げはオイルストーン(油を使う研ぎ石)でピカピカに磨き上げていくのだった。

小さな浜の家的カフェテリアを通して、普通避暑客として数ヶ月過ごすだけでは知り合うことができない様々な人を知り、観察する機会に恵まれたと思う。それも、イビセンコが私を内の人として受け入れてくれたからだろう。

ブーゲンビリアが白い柱に絡まり、ブドウ棚が涼しげな木陰を作る『カサ・デ・バンブー』の庭、真っ青な海を見下ろす庭は脳裏から離れることなく一生付きまとうだろうが、椅子のコモ張りの叔父さん、研ぎ屋の爺さん、洗い場のカルメン叔母さんの表情はしみじみとした懐かしさを呼び起こすのだ。

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ロスモリーノスの由来となった風車…

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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