■感性工学的テキスト商品学~書き言葉のマーケティング

杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。信州大学経済学部卒業。株式会社アスキーにて7年間に渡りコンピュータ雑誌の広告営業を担当した後、'96年よりフリーライターとなる。PCゲーム、オンラインソフトの評価、大手PCメーカーのカタログ等で活躍中。


第1回:感性工学とテキスト
第2回:英語教育が壊した日本語
第3回:聞くリズム、読むリズム
第4回:話し言葉を追放せよ
第5回:読点の戦略
第6回:漢字とカタカナの落とし穴
第7回: カッコわるい
第8回: 文末に変化を
第9回: "冗長表現"が文章を殺す
第10回:さらば、冗長表現
第11回:個性なんかイラナイ!
第12回:体言止めは投げやりの証拠
第13回:主語と述語のオイシイ関係
第14回:誰のために記事を書く?
第15回:ひとつのことをひとつの文で
第16回:しつこいほうが好き。
第17回:コノときアレのドレがソウなる?
第18回:強い文は短い
第19回:“表記ルール”を作ろう

■更新予定日:隔週木曜日

 

第20回:文章は誰のものか?

更新日2002/12/05

 


自分が書いた文章は自分のものです。内容や表記については自分で責任を取る必要があります。したがって、自費出版した本の文章も自分のものです。自費出版という言葉には古めかしい印象がありますね。しかし、きちんと製本して書店に並べるだけが出版ではありません。コミケ(コミックマーケット)などの同人誌即売会も自費出版です。文書を頒布する、という広い意味では、個人でメールマガジンを発行する、自分のWebサイトを開設するという方法も出版だと言えます。

あらゆる文章表現において、用語を統一したほうがいい。これが前回の『表記ルールを作ろう』の趣旨でした。ひとつの文書だけではなく、自分の文書すべてにおいて用語を統一しておきましょう。読者は著者名を見ただけで、あなたがどんな観点で言葉を選んでいるかを事前に理解できます。

しかし、ライターが書く文章は必ずしも自分のルールに沿ったものではありません。なぜなら、ライターが書く文章は自分のものではないからです。文章を発表する主体はライターではなく、原稿の依頼者になります。この場合、ライターは自分の表記ルールは引っ込めて、依頼者が指示した表記ルールに従います。

なぜなら、広告原稿に書く文章は、発表の主体が広告主になるからです。雑誌原稿に書く文章は発表の主体が編集部や出版社になります。企業や出版社は、消費者に対して誤解なく伝える責任があります。そのために独自の表記ルールを明文化するわけです。

私は初めて仕事をする取引先に、必ず「表記ルールをください」と伝えます。表記ルールに食い違いがあったまま仕事を進めると、校正するときに無用な修正事項がたくさん入ってしまいます。文字の修正に気を取られて、内容の間違いを見過ごしてはお話になりません。

ライターでなくても、広報や宣伝に関わる人なら、誤解を防ぐために表記ルールを把握しておくべきです。同じ会社が出す文書で表記が異なると、無用な誤解や誤用を招きます。表記の統一はリスク管理でもあります。

私の表記ルールは、いままでにお付き合いした企業や出版社の規則を参考に作られています。たとえば、あるソフトウェアメーカーは括弧にこだわっていました。

  ・「かぎかっこ」は人間の会話だけ
  ・『二重かぎカッコ』は商品名
  ・"ダブルコーテーション"は文章の強調
  ・'シングルコーテーション'は操作説明
     (例) 画面の右下の'OK'をクリックします。

このルールを徹底したおかげで、ソフトウェアのユーザーは操作方法を理解しやすくなりました。

また、ある編集部の表記ルールは徹底しており、

  ・末尾が erまたはy で終わる単語は"ー"で伸ばす。
    例 study   → スタディー
           provider → プロバイダー
  ・ものの数え方
    例 ひとつ ふたつ (ここまでひらがな)
           3つ 4つ (以降は数字使用可)
  ・漢字をつかってはいけない
    例 当たり前 → あたりまえ
        目指す  → めざす
        駄目   → だめ または ダメ など

こうした表記の徹底は、"読者に対してどのページも同じ読みやすさを提供する"ために行なわれています。記事と言う商品の"品質管理"というわけです。

表記ルールを持たない依頼者は、提出した文章に対して、そのときの気分で修正したりしなかったりします。前回はOKだった表記が今回はダメ、ひどい時は、校正で修正した部分に付いて、再校正で元に戻せという指示が入る場合があります。こんな状態を繰り返すと、お互いに疲れてしまいます。こういうときに自分の表記ルールを持っていれば「私はこのルールで書いているので、表記を統一すべきですよ」と提案できるわけです。

相手の表記ルールを第一に考え、相手の表記ルールに無い部分については自分の表記ルールに従う。売る文章はこうして品質を向上すべきです。

例外として、相手の表記ルールに合わせなくてもいい場合もあります。たとえば記名原稿です。記名原稿の場合は、依頼者が筆者の文体やキャラクターを活かしたいという意図があります。したがって、必ずしも依頼者の統一したルールにしたがう必要はありません。そのかわり、内容について筆者も応分の責任を持つ必要があります。読者が誤解した場合は筆者も責任を取るべきです。

ライター志望のかたは、記名記事をたくさん書いて有名になりたい、と考えているかも知れません。確かに筆者の名前を出せば有名になるチャンスになります。記事に記名する意味は、タレントが色紙に書くサインではなく、自分の責任で小切手を切る時のサインに近いものです。逆に、記名記事を依頼した側は、記名したライターに無断で文章を改変してはいけません。それはサインされた小切手の金額を、第三者が勝手に書き換えるような行為です。

 

→ 第21回:文章の配置を予測しよう