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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第700回:短期間、本線だった短絡線 - 岩徳線 川西~櫛ヶ浜 -

更新日2019/10/17



国鉄時代から活躍するタラコ色の気動車がエンジン音をがなり立てて走っている。錦川清流線の分岐を過ぎると、短いトンネルを通り抜けた。顔を出したところは御庄川の谷だ。錦川の支流で、南の山から流れている。山の中だと日暮れは日没時間より早いかもしれない。窓ガラスに疲れたおっさんが映っている。私である。2両編成の乗客は高校生ばかり。気動車に比べるとはるかに低い平均年齢だ。

トンネルを出てすぐに柱野という駅があり、おばあさんが降りた。これで乗客の平均年齢が少し下がった。いや、まだまだ。私は高校生諸君の3倍も生きているぞ。君たちのお父さんお母さんより年上……、いや、もしかしたら祖父母と同じ歳だったりして。私の中学の同級生は、50代になったばかりという歳だけど孫がいる。サザエさんの磯野波平は54歳で、孫のタラちゃんのおじいちゃんだ。はぁ。ため息。

01
岩徳線は谷間を行く。日暮れは早いかも

日が暮れかけて私の気が急いているけれど、そんな気持ちを知る由もなくキハ47はゆっくりと走っている。上り坂のようだ。そしてトンネル。なるほど、トンネルを短く済ませるために、なるべく山を上っておきたいわけだ。それにしてもこのトンネルは長い。なかなか出口が見えない。欽明路トンネルという、長さは3キロ以上もあるという。蒸気機関車の時代は大変だったろうな、と思う。

岩徳線は岩国と徳山を結ぶ目的で作られた路線だ。単線、非電化のローカル線だけど、ブルートレインブーム当時の少年たちには馴染みの路線名だ。時刻表で東京や京阪神発の夜行列車を指でたどっていくと、山陽本線のページにこんな注意書きがあった。

「岩国以東の各駅と櫛ヶ浜以西の各駅相互間の運賃は、山陽本線経由の場合でも岩徳線経由のキロ数によって計算します」

時刻表の駅名の横には東京からの営業キロが書いてあって、下松までは距離数が増えていくけれども、次の櫛ヶ浜駅では約17キロも減ってしまう。岩徳線経由とは、距離数が減るという意味になる。時刻表にはルールしか書かれていないから、当時の私たちは鉄道趣味誌や本で理由を探した。岩徳線はかつて山陽本線だった。その名残だ。

02
岩徳線と山陽本線の位置(地理院地図より)

地図を見ると、このあたりの地形は瀬戸内海に膨らんでいる。山陽本線は海沿いの柳井経由で作られた。海沿いの町の方が栄えていたし、黎明期の鉄道は船舶輸送と競争していたからでもある。しかし、広い視野で考えると遠回りである。そこで、岩国と徳山を短絡するために線路を敷いて新たな山陽本線とし、海沿いの区間を柳井線とした。新山陽本線は谷沿い、山沿いの地域だから、勾配もあれば長いトンネルもある。列車の速度は遅くなったとしても、約17キロの短縮効果は大きい。

ところが、鉄道輸送が成長して大量輸送を担うと、線路を複線化して多くの列車を走らせる必要があった。その複線化で新区間は躓いた。新区間のトンネルは単線だから、複線化するためには新たにトンネルを掘らなくてはいけない。新区間には8本のトンネルがあり、うち1本は約3キロの欽明路トンネル、1本は約1.4キロの中山トンネルだ。鉄橋も錦川含めて三つある。すべてもう一つずつ作っては費用がかかりすぎる。

ならば平坦な海沿いの柳井線を複線にしよう。機関車も強力で速度が上がったし、平坦なほうが大重量の列車を運行できる。こうして海沿いの柳井線が複線の山陽本線として復活した。単線で残された新区間は岩徳線という支線に格下げとなって、複線化も電化もされず、ローカル線として今日に至る。関東で言えば御殿場線のような存在だ。もっとも、短絡線ができた順序が違うけれども。

岩徳線は支線に格下げとなったけれど、長距離列車の遠回りは鉄道の都合であったから、岩国と櫛ヶ浜を通り抜ける場合の運賃は新区間の距離で計算した。岩徳線は国鉄時代に廃止対象にならなかったから、そのルールはJR西日本が引き継いでいる。岩徳線が錦川清流線のような第三セクターになっていたら、この特例は解消されて、在来線だけではなく、山陽新幹線も運賃計算の距離が増えて増収になったかもしれない。JR西日本は廃止したかったかもしれないけれど、車内を見る限り、大勢のお客さんが使っている。

03
周防高森で列車交換。構内の広さが幹線時代の名残

長いトンネルの後、欽明路駅で高校生が二人降りた。こんな風に少しずつ乗客が減っていき、徳山駅に近づくと増えていくのだろう。そんな風に予想していたけれど、次の玖珂駅でどっと降りた。ボックス席を独り占めできるほど空いた。ディーゼルカーは身軽になったとばかりに加速する。踏切を見つけると高らかに汽笛を鳴らす。やればできるじゃないかキハ47。製造番号を見ると3501だ。3500台も作られていないだろうから、通勤通学向けにロングシートを増やした改造車のトップナンバーだ。

次の周防高森で、さらに降りた。2両目の高校生たちだ。まだこんなに残っていたのかと思うほどの人数がプラットホームに流れ出ていく。失礼ながら、車内はローカル線らしくなった。多くの人々が暮らす盆地が終わり、線路はまた上り坂になる。速度は少し下がる程度だ。しかしトンネルを越えるとまたノロノロ運転。エンジン音が高まる。乗客はボックスシートとロングシートに一人ずつ。隣のボックスシートにショートヘアの女子高生がいて、置き忘れのペットボトルを見つけて笑っている。スマートホンで誰かと話しているらしい。

04
日が暮れるほど、田畑の緑は濃くなっていく

峠区間をひとつ乗り越えると高水駅。対向式ホームが長く、しかし、ほとんど朽ちかけて草にまみれている。つかの間の山陽本線時代を偲ばせる。車窓に西日がささる。時々、稜線に隠れては現れ、木洩れ日のようにフラッシュする。このぶんだと、日没の前に暗くなりそうだ。錦帯橋に行かなくて正解だった。勝間駅から久しぶりに乗客があった。遊びに行く出で立ちの若い男女たち。あの年頃なら、なぜ車にしないんだろう。飲み会だろうか。

05
周防久保。近くに教会があった

ふと気づくと、隣のボックスの女子高生がいない。どうやら居眠りをしたらしい。車窓はオレンジの空に十字架のシルエット。周防久保駅の隣に教会がある。ここから少しずつ乗客が増える。徳山市の郊外である。混んできたから居住まいを正そう。空席を作るため、荷物を網棚に載せた。あ、本物の網だと気づく。

女子高生がいたボックスには男性の上司、女性の部下という二人連れだ。会話が弾んでいて、ふと、天井の扇風機を指して笑った。出張でローカル線に乗り、いろいろと珍しいようだ。東京近郊にも扇風機付き電車はあるがなあ、と思う。古さを感じる場所もさまざまである。

06
櫛ヶ浜駅。岩徳線を踏破

車窓に煙突が増えた。山陽本線の複線が近づいて合流する。櫛ヶ浜駅である。岩徳線の乗車が明るいうちに終わってほっとした。列車は徳山駅まで直通する。

07
山陽の景色だ

乗客が増えて、キハ47は山陽本線の列車になっている。徳山着18時34分。たった1分の乗り継ぎだけど、相手は同じプラットホームの反対側だ。そうこなくちゃ。久しぶりに乗った電車は軽快な走り。車窓は瀬戸内の島。遠い日、ブルートレインで明け方に見た海を、いま夕景で眺めている。

08
新幹線の高架線が近づいて……

09
徳山駅で1分の乗り継ぎ

10
夕暮れの瀬戸内を眺める

-…つづく



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


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