のらり 大好評連載中   
 
■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第374回:流行り歌に寄せて No.179 「小さなスナック」~昭和43年(1968年)

更新日2019/05/30


私がスナック•デビューをしたのは、昭和49年の冬、18歳の時だった。当時、アルバイトをしていた新聞配達の先輩で、自衛隊経験者のDさんに「どう、ちょっと社会勉強してみないか?」と言われて、連れて行っていただいたのだ。Dさんは、さっぱりした気性の、良き兄貴的な存在の人だった。

このコラムを書くにあたり、そのスナックの店名を思い出そうと、必死になっているのだが、まだ思い出せない。ネットでも検索してみたが、見つからなかった。Dさんが、その店名を口にする時の表情は覚えているのだが、もう45年も前のこととは言え、残念である。何かの拍子、また思い出すかもわからない。

そのスナックは、30歳を少し過ぎたばかりのご夫妻が、お二人で経営されていた。マスターは、確か明治大学の応援団出身で、スリムな体型だが、いかにも喧嘩の強そうな雰囲気を身につけている人だった。

ママさんは、ドキッとするような色っぽい女性で、どうやらDさんは彼女が目当てで通っているようだった。(Dさん、見当違いだったらごめんなさい)

当時、肩まで髪を伸ばしている私に、マスターは、「君はそんなに悪い男ではないのだから(ここまでは社交辞令)、髪の毛切りなよ。鬱陶しいだろう」とよく言われたものだ。当時の若者は長髪が主流だったが、マスターはスカッと短めに髪を整えていた。「床屋さんは商売あがったりだよ、まったく」と言って、マスターはショートホープに火をつけていた。

生涯初めて、ウイスキーというの飲ませてもらったのもこの店だった。Dさんが入れていたボトルで、サントリーのホワイトだった気がする。最初に口に含んだ瞬間に、「わっ、ガソリンみたいな味ですね」と言って顔をしかめた私に、「えっ、ガソリン飲んだことあるの? そりゃ、すげえ」と、マスターは混ぜっ返してきた。

もう今はその店はなくなっているが、あのご夫妻はどうされているのだろう。お二人ともそろそろ喜寿を迎えているはずである。


「小さなスナック」 牧ミエコ:作詞  今井久:作曲 林一:編曲  パープル・シャドウズ:歌  

 

<歌詞削除>

 


私の場合、件のスナックではこのようなロマンスはなかったが、これは淡く可愛らしい恋心を歌った曲である。まだカラオケのない時代、ギターを置いているスナックは多かった。髪の長い少女がギターをつまびく姿は、いつの時代も憧れの対象である。

パーブル・シャドウズは、この曲の作曲者である、リードギターの今井久がリーダーのGSである。この曲がデビューとなったが、当初のメンバーは今井の他に、サイドギターの綿引則史、ベースの川合良和、そしてドラムスは元ザ・サベージの大場吉雄である。

前にも書いたが、GSと括られてはいても、その音楽志向は多種多様で、ガンガンのロック調、カレッジ・フォーク調、アイドル・グループ調など様々である。パープル・シャドウズは、ムード歌謡調と言われており、その側面は感じられるが、今井久のギターはそれに止まらぬスキルとスピリッツを感じる。彼のインストゥルメンタルだけの演奏もあると聞くが、ぜひ聴いてみたいものである。

作詞家の牧ミエコという人のことは、調べてみたがよくわからなかった。前々回の『ゆうべの秘密』の作詞家タマイチコについても同じことが言えるが、ネットでそれとなく閲覧するだけでは限界がある。本来ならば関係者の方々にお話を伺うなりして、取材をしなければならないのだろう。力不足を痛感する。

ここからは憶測だが、作詞家を目指して自分の作品を音楽関係の事務所などに持ち込み、採用など、その後の対応については事務所に託していた人々が、少なからずいたのではないかと思う。牧ミエコというも、その中の一人ではなかったかという気がするのだ。

パープル・シャドウズのもう一つのヒット曲は『別れても好きな人』で、昭和44年に発売された。実は、この曲は最初松平ケメ子という歌手によってレコーディングされ世に出て、その数ヵ月後にパープル・シャドウズ版が出た。

その10年後の昭和54年に、ロス・インディオス&シルヴィアが、大人のムード歌謡色をより強めてカヴァーし、大ヒットとなったのは周知の通りである。ただ前者の二組と後者では、一部地名が違っている。青山が原宿になり、狸穴が高輪になった。10年の間にデートコースの人気スポットが、少し変わったということなのだろうか。

-…つづく

 

 

第375回:流行り歌に寄せて No.180 「悲しくてやりきれない」~昭和43年(1968年)


このコラムの感想を書く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


金井 和宏
(かない・かずひろ)
著者にメールを送る

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


バックナンバー

第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
までのバックナンバー

第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
までのバックナンバー

第101回:小田実さんを偲ぶ~
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
までのバックナンバー


第151回:私の蘇格蘭紀行(12)
第200回:流行り歌に寄せてNo.12
までのバックナンバー


第201回:流行り歌に寄せてNo.13
第250回:流行り歌に寄せて No.60
までのバックナンバー


第251回:流行り歌に寄せて No.61
第300回:流行り歌に寄せて No.105
までのバックナンバー


第301回:流行り歌に寄せて No.106
第350回:流行り歌に寄せて No.155
までのバックナンバー


第351回:流行り歌に寄せて No.156
「僕らの町は川っぷち」~昭和42年(1967年)

第352回:流行り歌に寄せて No.157
「この広い野原いっぱい」~昭和42年(1967年)

第353回:流行り歌に寄せて No.158
「小指の想い出」~昭和42年(1967年)

第354回:流行り歌に寄せて No.159
特別篇 「森田童子の訃報に接して その1」

第355回:流行り歌に寄せて No.160
特別篇 「森田童子の訃報に接して その2」

第356回:流行り歌に寄せて No.161
「僕のマリー」~昭和42年(1967年)

第357回:流行り歌に寄せて No.162
「夜霧よ今夜も有難う」~昭和42年(1967年)

第358回:流行り歌に寄せて No.163
「花はおそかった」~昭和42年(1967年)

第359回:流行り歌に寄せて No.164
「世界の国からこんにちは」~昭和42年(1967年)
第360回:流行り歌に寄せて No.165
「ブルー・シャトウ」~昭和42年(1967年)

第361回:流行り歌に寄せて No.166
「あなたのすべてを」~昭和42年(1967年)
第362回:流行り歌に寄せて No.167
「花と小父さん」~昭和42年(1967年)

第363回:流行り歌に寄せて No.168
「真赤な太陽」~昭和42年(1967年)

第364回:流行り歌に寄せて No.169
「好きさ好きさ好きさ」~昭和42年(1967年)

第365回:流行り歌に寄せて No.170
「君に会いたい」~昭和42年(1967年)
第366回:流行り歌に寄せて No.171
「バラ色の雲」~昭和42年(1967年)

第367回:流行り歌に寄せて No.172
「新宿そだち」~昭和42年(1967年)

第368回:流行り歌に寄せて No.173
「虹色の湖」~昭和42年(1967年)

第369回:流行り歌に寄せて No.174
「小樽のひとよ」~昭和42年(1967年)

第370回:流行り歌に寄せて No.175
「帰って来たヨッパライ」〜昭和42年(1967年)

第371回:流行り歌に寄せて No.176
「伊勢佐木町ブルース」~昭和43年(1968年)

第372回:流行り歌に寄せて No.177
「ゆうべの秘密」~昭和43年(1968年)

第373回:流行り歌に寄せて No.178
「星のプリンス」「落ち葉の物語」「銀河のロマンス」〜昭和43年(1968年)


■更新予定日:隔週木曜日