第145回:私の蘇格蘭紀行(6)
更新日2009/06/25
■2階建てバスでマレイフィールドへ
一度B&Bに戻って、フロント係に鍵を直してもらい、トイレの修理を再び依頼してから、もう一度街に出て、まずは床屋さんを探す。美容室のような佇まいだが、表に「UNISEX」と書かれているお店のドアを開けて入ると、地元のおばさま方がパーマネントをかけに来ている。
若く太った女性店員が、「悪いけれど、今日はスタッフがいないので明日来てくれませんか。朝9時から開けていますから」と話してきた。これは門前払いではないだろう、明日また9時に来てみようと出直す。
初めて2階建てのバス(DOUBLE DECKER)に乗る。こちらではLothian Regional Transportのエンジ色のバスが最も多い。ロシアンはエディンバラを県都とする県の名前、邦訳すると「ロシアン地域交通」ぐらいの感じか。"CIRCLE"と書かれたものはきっと循環バスだと判断して、前面に「2」と大きく表示された(2系統という意味だろう)バスに乗り込む。
運転台の横の料金表を見て、お金を入れて乗車したが、後ろの若い男性客に呼び止められ、小さな紙片を渡してもらう。気付かないでいたが、お金を入れると自動的に切符が発券されていたのだ。おそらく日本にはないシステムだ。
こちらの人は2階建てバスが当たり前で、何も珍しいこともないらしく、1階は立っているお客さんが多いのに2階はガラガラで、しかも1番前の席が空いていた。私ははしゃいでその席に座った。
バスは街の中心を抜け郊外に向かう様子。連日の睡眠不足で少しウトウトしたりして、寝ぼけ眼で車窓から外を見ていると"Murrayfield"の文字が見えた。Murrayfield!! そうScottish
Rugby Footballチームの本拠地の名だ! とにかくこのそばにスタジアムがあるのだと思い、急いでバスから降りた。
トゥイッケナムがイングランド・ラグビーの聖地ならば、マレイフィールドはスコットランド・ラグビーの聖地なのだ。降りてまわりを見回したところ、南側のそんなに遠くない場所に巨大なスタジアムが見えた。感激だった。
急いで目的地に向かおうとしたが、スタジアムのまわりは鉄柵で囲まれていて、迂回しないと入ることができない。しばらく歩いて「北門方面」と書かれた場所があり、その手前は大きな芝生の公園になっていて、子どもたちがサッカーに興じていた。
サッカーである。このラグビーの聖地の脇でサッカーとは、私は目くじらを立てたいところだが、こちらの人たちは同じfootballとして鷹揚に考え、抵抗なく受け入れているのかも知れない。
スタジアムに近づくとアイススケート場とカーリング場があり、10人くらいの子どもたちがスケート靴を肩にそこに入っていった。さすがにカーリング発祥の地スコットランドらしいと思った。そう言えば、急いで降り立ったバス停は「ラグビー場前」ではなく"Ice
Rink"だったことを思い出した。
途中、北門側が正面ではなく、南門側だとようやく気付くなどして、都合15分以上歩いてようやくラグビー場に辿り着く。スタジアムに隣接してたっぷり4面分の芝生のラグビー場があり、その1面で学生チームらしい人たちが練習していた。
ラグビーの聖地・秩父宮で行なわれるゲーム前のアップを、狭いテニスコートでポイントなしのシューズに履き替えてしなくてはならない、我が国との文化の違いを感じる。
この日はゲームがなかったが、どうしてもラグビー場の敷地に入りたくて、守衛さんに、「私はここに来るために日本からやって来たのです」と力説すると、笑顔で中に入れてくださった。Scottish
Rugby Unionのショップがあったが、たまたま「イースターのよき金曜日」という祝日のためお休みだったので、明日来ることにする。
正面ゲートから、グラウンドの様子を見ることができた。5ヵ国対抗戦のシーズンだが、次の試合はここではなくフランスで行なわれる様子、いつか必ずこの球技場でスコットランド代表を応援に来ることを期して、踵を返す。
正門脇には、二つの大戦で戦没者になったラグビー選手たちの慰霊碑が建っていて、関係者たちの真摯な姿勢が伺えた。
再び2系統の循環バスに乗り込む。自然とB&Bの前まで運んでもらえるのだから楽なものと思っていたが、これがとんでもない大循環のバスでB&Bまで1時間30分以上かかった。
その間車窓からの風景を眺めたり、ウトウトしたりしていたが、街のいたるところで"Scottish"とか"Scotts"と表記された看板などを見かけた。これらの言葉に、この国の人たちは強い矜持を持っているのだろう。スコットランドが完全な独立国であれば、逆にここまでの表示はないわけで、この国の人々の祈りのようなものを感じた。
車中で4、5人の小学校の低学年と思われる子どもたちが、UKの国歌である"God save the Queen"と、スコットランド「国歌」の"Flower
of Scotland"を続けて歌っていた。家庭で、学校で、この二つの歌についてどのように教えているのだろうか、と私はぼんやり考えていた。
-…つづく
第146回:私の蘇格蘭紀行(7)