第95回:伝染する幸福感
更新日2009/01/22
仕事の話です。
私は先学期同じ授業を2度教えなければなりませんでした。初級日本語のクラスです。2、3年前から日本語に人気が集まりはじめ、ギリシャ語、ラテン語だけでなく、ドイツ語やフランス語より生徒さんの人数が増え、二つに分けて授業をしなければならなくなったのです。
同じことを2度3度繰り返すのは楽でよいと喜ぶべきか、毎回違う授業をする方が緊張感があり、新鮮だとすべきかは、教える方がどれだけ化石化したかを測る計測値になるかもしれません。私の場合、生徒さんが集まりすぎただけで、同じ授業を二つ教えるのは私自身の選択ではありませんでした。たくさん集まっても半分は落第しますから、中級日本語の授業は一クラスになり、上級になるとさらに少なくなり、学校が認める最低人数1クラス10人にどうにか到達する程度に減ってしまいます。60人が10人なってしまいます。
期末試験を終え、採点していて不思議なことに気がつきました。二つある初級日本語クラスで1クラス、仮にここではAクラスとしますが、Aがもう一つのクラスBより、はるかに点数が良いのです。授業では全く同じように教えているつもりです。
大きな違いは、Aクラスにはエネルギーと向学心溢れる生徒さんが一人いて、私の質問にも真っ先に答え、間違いを恐れず、意味は通じるけど間違いだらけの日本語で冗談を言い、クラスを笑いの渦に包み込みます。彼女はまるで授業のチアーリーダーになり、彼女に共鳴する何人かの生徒さんも出てきて、授業全体が熱気に包まれるのです。彼女がクラス全体を引っ張り、明るく楽しい雰囲気を作り、結果としてクラス全体の成績がグンと上がったのは明らかです。
もう一つのクラスBの方は、寝ているのか起きているのかクラス全体が重い霧に包まれているかのように沈んでいます。私ももちろん元気付けようと色々試みるのですが、まるで反応がありません。
ハーバード大学のニコラス・クリスタキス教授とサンディエゴにあるカルフォルニア大学のジェイムス・フォウラー教授が"幸せは伝染する"ことを科学的に証明しようと試みました。わざわざ面倒な調査論文を読むまでもなく、葬儀屋さんみたいに陰気な人(ごめんなさい、葬儀屋さんは仕事がら、陽気にニコニコできない辛い事情があるのは分かっているのですが)の近くにいれば、コッチもクラーイ気分になってくるし、悲しいことが起った時にもらい泣きするのはよく体験するところです。
お笑いや漫才も、大声でよく笑う人が一緒にいるなり近くにいれば、私たちも釣られて笑いますし、ご機嫌のいい赤ちゃんを見ていると自然に私たちも笑い顔になってしまいます。
二人の偉い先生が、『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』に寄せた記事は、私たち誰もが体験する"伝染する笑い"を統計学的に数値で示そうという試みで、なんと5万人もの人を対象に幸福感がどのように感化するか調べています。
とても幸せな人を隣人に持つと、隣近所の人の34%は幸せになり、1マイル以内に住む親類の14%の人も幸せになり、1マイル以内に住む友達の25%も幸せになります。さらに伝染して、とても幸せな人の友達の友達は10%、そのさらに友達は5.6%幸せになるというのですから、幸せの輪はかなり遠くまで伝染していきます。
ここでチョット苦しいところですが、とっても幸せな人の同居人、妻、夫、子供は8%しか幸せになっていないことです。幸福感は身内へよりも隣人、友人への伝染力が強いようです。
同時にとても恐ろしい話ですが、デブも伝染すると言っているのです。オビシティ(ウルトラデブ)級の友達を持つ人の57%が太り出すのだそうです。こんな結果が宣伝され広がると、太った人に友達がいなくなり、ご本人はますます落ち込み、やけ食いをして、ますます果てしなく太るのではないかと心配です。
何が人を幸せにするのか、人生の大問題です。どんな小さなことでも天才的なくらい幸せになる人もいれば、どんなに他の人が羨むような状況でも、愚痴ばかりこぼしている人もいますから、いつも幸せでいるには一種の才能が必要なのかもしれません。
他の人に影響を及ぼすほどの幸せを私が持っているとは思いませんが、せめて他の人の喜びを自分のことのように喜べる心はいつも持っていたいと思っています。
第96回:オバマ祭りの終わり

