第789回:煙が目に染みる……
もう半世紀も前のことになりますが、私が日本で一番苦労したのは、タバコの煙でした。私が特別に神経質で、タバコの煙に敏感なわけではないと思うのですが、それまで無煙環境で育ってきたので、余計に日本の煙に参ったのかもしれません。それにしても、どこに行っても、レストラン、食堂、スナック、それに招かれて行く日本の家庭など、タバコの臭いが染み付いており、食事中でもブカブカとタバコを吸い、煙を吹きかけるのが当たり前の状況でした。困るのはダンナさんの友達と何処か居酒屋、ビアホールなどに集まる時で、地下の狭い場所だと、煙が籠って、ほとんど病気になりそうでした。
しかし、この20~30年で随分禁煙地区が増え、建物、公園、路上での喫煙も規制されるようになってきたのは、大助かりです。
そして、日本から飛んで、直接スペインに向かいましたが、これまた、日本以上にタバコ天国で、レストラン、カフェテリア、バール、どこへ行ってもタバコの煙に燻されているのです。おまけに、路上、街頭で歩きながらタバコをふかすのが格好良いと思われていたのか、歩きタバコを吸う人がとても多く、しかも若い女性が多いのにショックを受けました。
ラテン的な美人が、まるでタバコの宣伝にでも出るような仕草でスーッと吸い、フーと吐いているのです。ウチのダンナさんの見識によれば、スペイン女性が低く汚いダミ声、ガラガラ声なのは、幼少期からのタバコのせいだ…ということになります。付け加えて、どんなに美形の女性だとしても、誰が“灰皿”にキスなんかしたいと思うもんか…と、なんだか、その手の“灰皿”にキスした、あるいはしようとした経験を伺わせるようなことを宣っています。
老いも若きもタバコに侵されていると思ってきたスペインですら、禁煙運動が起こり、2006年には反タバコ法が成立し、公共の施設の屋内、または100㎡以下のバール、レストラン、人の集まるところでは、タバコ禁止、100㎡以上の場所では喫煙室を設けることになりました。
また、それまで野放しだった喫煙年齢も、18歳以下は禁止になりました。しかし、この手の年齢制限などはザル法に等しく、成長の早い、マセタ面構えの14-15歳の少年少女がタバコを吸っているのを、オマワリさんが一々、身分証明書で年齢を確認するなんてことは、実際にあり得ないことです。
2016年の統計になりますが、スペイン男性の喫煙者は31%、日本の37%より低く、女性の場合はスペイン27%で、日本女性の10.6%よりかなり高い率です。
ニュージーランドは世界に先駆けて、タバコを全面的に禁止する具体的で強力な法案を打ち出しました。 元々健康志向の非常に強い国でしたが、世界に先鞭をつけるように、2025年までにタバコを全面禁止にするとしたのです。
決断力のある女性の首相、ジャシンダ・アーダーン(Jacinda Ardern)が辞任する前の置き土産のように練りにねって作り上げた禁煙法は、2023年現在、タバコを吸っている人はタバコを購入できるが、2008年以降に生まれた人は全くダメ、それを年ごとに繰り上げていき、全面禁止に持っていくという、段階的な禁止法を施行したのです。また、未成年にタバコを売った方にも罰則があり、日本円で1,270万円相当の罰金が課せられます。
タバコは社会意識と深く繋がっていますので、世間に広く出回っているものを、買うな、吸うなというのは、法的処置だけでは絶滅できないことなのでしょう。アメリカの禁酒法時代にモグリのバーが栄え、自家製のウイスキーが量産され、ギャング全盛時代を持ったことを考えれば、誰にでもすぐに予想がつくことです。
ニュージーランドの禁煙法は、実に実践的で現実に即したものではあるのですが、全面的に禁止になった後で、密輸、自家製タバコ、代理品としてマリファナ、そしてアメリカの若者の間で広がっているE-シガレット(エレクトロニクス・シガレット)などが入ってくるのではないかと危惧されています。
と言うのは、アメリカでE-シガレットが若い世代を中心に大変な広がりを見せているからです。
今、ロッキーのスキー場に来ています。ロッジ内はもちろん全面的に禁煙です。ところが、前のリフトに乗っている若者から、水蒸気のような煙がモクモクと湧き上がっているのを目にすることがよくあります。E-シガレットです。
E-シガレットは周囲の人に迷惑をかけない、ニコチンの含有量が少ない、色々な味、香りを付けやすいとして、急激に市場を広げています。
ところがJUUL(Juul Labs, Inc.)というメインのメーカーが未成年をターゲットにして、E-シガレットを販売したとして、ウイスコンシン州がJUULを訴え、他に32州も加わり、法廷闘争になりました。一応、425ミリヨンドル(500億円相当)をJUULの会社が州に支払うことで合意しました。それにしても、とんでもない巨額の罰金を払えるほど、E-シガレットが儲けているのに驚きます。今回の裁判に加らなかった州も続々とJUULのE-シガレットを訴える姿勢です。
確かに、E-シガレットの煙は水蒸気なので、大気に消えてなくなり、煙が目に染みるようなことはないのですが、まだ本来のタバコほど吸っている若者たちに害があるのか、ないのか、煙に巻かれたような状況なのです。
第790回:“スカッと爽やか…”な甘い死
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