第819回:400年記念と“アメリカに黒人奴隷はいなかった?”
私は若い頃から歴史に興味を持ったことがありません。どちらかと言えば、理数系の方が好きでしたから。アメリカの学校で習う歴史は、私の時代100%アメリカ史で、イギリスからの独立戦争、そして南北戦争ばかりで、インドや中国、日本に歴史があったかどうかさえ知りませんでした。
仕事を引退してから読書の時間がたっぷりあり、そして多少はウチのダンナさんの影響もあり、歴史の面白さに目を開くようになってきました。
2019年は何の400年記念でしょうか?
これを知っている人はかなり社会意識のある人でしょう。まず99%のアメリカ人も知らないと思います。
これは旧イギリス植民地だったアメリカのヴァージニアに初めての奴隷船が到着し、黒人奴隷のセリ市が開かれたのが1619年でした。その400年記念が2019年なのです。と、偉そうに書きましたが、私も『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』を読んで初めて知ったのですが…。
そして、黒人奴隷のセリ市が公式的に廃止されたのは南北戦争でリンカーンが勝った年、1865年ですから、246年間も続いていたことになります。その後も公でなく、私的取引として奴隷の売買は密かに行われていましたから、ほとんど日本の江戸時代の全期間に及ぶ長い年月に渡り、黒人奴隷のセリ市が立っていたことに驚かされます。それほど、奴隷の売買は儲かる仕事だったのです。
イギリス人の巧みなというか、ズルイところですが、西アフリカで奴隷を集めるのを敵対している部族にやらせ、捕虜をかき集め、それを安値で買い、または古い武器と交換し、鎖に繋いで船に乗せ、大西洋を渡りましたが、この奴隷船が想像を絶する悲惨な状態だったことが知られています。
途中で死ぬ奴隷がたくさん出ましたが、彼らを海に投げ捨てるだけでした。正確な記録はありませんが、記録に残っているだけでも、130万9,000人もの黒人が大西洋の藻屑になり、サメなどに食べられていたのです。
これも総計で何人のアフリカ人が奴隷として捕獲され、南北アメリカ大陸、そしてカリブの島々で売られていたのか、正確には掴むのは難しいことですが、一旦、大西洋を渡り、奴隷市でセリにかけられた記録は比較的はっきりしているので、丹念に散らばっている奴隷セリ市の記録を辿り、総計を推定したところ、1,063万1,000人になるそうで、1,000万人以上の奴隷が大西洋を渡っているのです。しかもこの数字は控え目なものだそうです。
アフリカで捕獲された奴隷が何人いたかの記録はありません。捕獲を逃れようと殺され人も多かったでしょうし、奴隷としての市場価格が低い、老人、子供は船積みされる前に殺されていたでしょうから、奴隷貿易、商売に絡んだ死者も膨大な数になることでしょう。
その奴隷船は一度奴隷を運ぶと、船倉に小便、大便、船酔いで吐いた流動物の臭気がしみつき、他の貨物を積むことができなくなったというくらい酷い状態になったと言います。奴隷船を操る船乗りたちも、一種のならず者集団で、積み荷の黒人を動物以下に扱っていたようなのです。
公式的に1866年に奴隷のセリ市が合衆国で禁止されるまで、3,600回の大西洋横断奴隷船が行き交っていました。奴隷貿易ほど儲かる商売はメッタにないと言われるほど、それに関係した人すべてにとってウマミの多いものだったのです。
イギリスの国内で奴隷制を禁止したのは割りに早かったのですが、その法は植民地には及びませんでした。と言うより、儲けの大きな奴隷商売を黙認していました。イギリスで公式的に禁止された奴隷市は、キューバやハイチなどの植民地で継続され、盛んに行われ、そこで売買され、買い取った黒人をアメリカへ労働者として入れていました。
植民地経営に奴隷はなくてはならないモノ?だったようなのです。カリブの島々のサトウキビ畑、アメリカ南部の広大な綿畑は奴隷がいなければ成り立たない産業でした。アメリカ北東部に鉄鋼産業が生まれるまで、アメリカの経済は大々的に南部の奴隷が摘む綿に頼っていたのです。
アメリカの歴史的大事件である南北戦争は、北部の工業と南部の綿産業との争いで、それに加え、非人道的な奴隷制を廃止するかどうかが大きな争点だったと、小中学校で教えられます。
アメリカが黒人奴隷制度を持っていた事実は動かすことができません。
ところが、フロリダ州では義務教育でアメリカのこの歴史上無視できない事実を教えることを禁止したのです。
その理由が奮っていて、“白人の子供たちに不快な思いをさせないため”と言うのですから呆れ果ててしまいます。
同時に、学校の図書館から奴隷関係の本が消え、リチャード・ライト、フレデリック・ダグラスなどの黒人作家の著作、ストウ夫人の『アンクル・トムの小屋』なども置かなくなったのです。ナチスのユダヤ人虐殺、ホロコーストはなかった、あれは事実ではないというネオナチグループと同じように、アメリカに黒人奴隷などいなかった、アフリカで飢え死にしかかっていた原住民をアメリカに連れてきて、食べさせ、教育し、医療的な保護を与え、勤労の喜びとイエス様の教えに沿った生きる道を教えたと言うのです。それをフロリダ州の教育委員会が決定し、実行したのです。学校の図書館には『アンネの日記』さえも置いていないと言います。
私はどちらかと言えば心情的な左派なのかもしれません。確固たる政治姿勢、主義主張を持っているとはとても口はばったくて言えませんが、それにしても決して無視できない歴史的事実を歪め、そんなことはなかったという政治的姿勢には強く反対します。
黒人奴隷制があったことは、アメリカ史で否定できない事実であり、恥部であることを子供たちにきちんと知っておいてもらいたい…と思うのです。
そして、フロリダ州が取っている歪んだ方針を放っておくのは、とても危険なことだと思わずにはいられません。
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