■TukTuk Race~東南アジア気まま旅


藤河 信喜
(ふじかわ・のぶよし)



現住所:シカゴ(USA)
職業:分子生物学者/Ph.D、映像作家、旅人。
で、誰あんた?:医学部で働いたり、山岳民族と暮らしたりと、大志なく、ただ赴くままに生きている人。
Blog→「ユキノヒノシマウマ」





第1回:Chungking express (前編)
第2回:Chungking express (後編)
第3回:California Dreaming(前編)
第4回:California Dreaming(後編)
第5回:Cycling(1)
第6回:Cycling(2)
第7回:Cycling(3)
第8回:Cycling(4)
第9回:Greyhound (1)
第10回:Greyhound (2)
第11回:Greyhound (3)
第12回:Hong Kong (1)
第13回:Hong Kong (2)
第14回:Hong Kong (3)
第15回:Hong Kong (4)
第16回:Hong Kong (5)
第17回:Hong Kong (6)
第18回:Hong Kong (7)
第19回:Hong Kong (8)
第20回:Hong Kong (9)
第21回:Hong Kong (10)
第22回:Shanghai (1)
第23回:Shanghai (2)
第24回:Shanghai (3)
第25回:Shanghai (4)
第26回:Shanghai (5)
第27回:Shanghai (6)
第28回:Shanghai (7
第29回:Shanghai (8)
第30回:Peking (1)
第31回:Peking (2)
第32回:Peking (3)
第33回:Peking (4)
第34回:Peking (5)
第35回:Peking (6)
第36回:Peking (7)
第37回:Peking (8)


■更新予定日:毎週木曜日

第38回:Guilin (1)

更新日2006/12/14

短いながらも紫禁城や万里の長城など、中華文化圏の中枢として栄えた街の象徴的な観光地を駆け足で巡った北京を後にして、硬臥(3等寝台列車)で桂林へ向かった。上海から北京へ向かうときに利用した高包(1等寝台車)とは違い、3段ベッドの各席が向かい合わせになっている硬臥は、ベッドに横になることはできても、座ると頭が上のベッドにぶつかるような窮屈なものだったが、味気のない高包に比べるとはるかに楽しい汽車の旅となった。

乗客たちは大量に持ち込んだ荷物を、狭いベッドにできるだけコンパクトに押し込み、なんとか自分たちの眠るスペースを確保すると、どう考えてもこれからの長旅でずっと座り続けることはできないであろうベッドから這い出して、通路脇に設置されたベンチへと出してきた。ただしベンチとはいっても狭い通路であるだけに、全乗客分用意されているというわけではないので、ある人はベッドに横になったまま昼寝を決め込み、ある人は2等席、つまり下段と呼ばれる一番下のベッド席を持っている利点をいかして、ベッドを起こしてベンチにして腰掛けたりという具合であった。

そして皆がそれぞれに、これからの長旅をやり過ごすためのセットアップを済ませると、この通路際のベンチに腰掛けた人たちの間では、将棋を始めたり、汽車に持ち込んだフルーツなどを食べたりという賑やかな時間が始まった。これがあるから、やっぱりこういう国では、高包よりも硬臥の方が自分には合っている。

ここまでの旅の間、中国ではなんだかんだと苦労の多い道のりであったが、この客車に乗り合わせた人たちとのコミニケーションを通しているうちに、車窓から見える景色が徐々に南方の穏やかな田園地帯に姿を変えていくように、頭の奥の方にひっかかっていた、何かしら重苦しいものが解放されていく気分を味わっていた。

北京から桂林までの汽車の旅というのは、黄河と長江を一気に越えるという、1本の汽車の旅としては、自分の旅行経験の中でも最長距離の一つとなったが、それとはまた別に中国らしい汽車の旅として記憶に残るものとなった。

中国という国は、地球で暮らす人の内の4人に1人が中国人といわれるほどの膨大な国内人口を抱えているだけあって、とにかく沿岸部では人がやたらと多い。それに加えて、自家用車の普及率の低さや、航空網の未発達ということもあって、硬臥のチケットを取るのは実はかなり難しかったりするのだ。

それだけにいつも硬臥の車内は、満員の乗客と、中国人らしいエネルギッシュなパワーに満ちた活力で溢れかえらんばかりになっている。この他の国とはちょっと違うワイワイ・ガヤガヤが面白いのと、寝台車ということで一応は定員があるという緩衝材の効果もあって、本当に中国の汽車の旅を楽しめるのは、この硬臥に限るのではないかとすら思えたりする。

適度に賑やかで、適度に個人のスペースも保てる硬臥。また高包にはない特典として、最終目的地に到着するまでに寄る各駅で、その土地の香りを車内に運び込んでくる、お土産やお弁当売りの人々の姿がある。そしてその手作り駅弁の味が、これまた素晴らしいのである。しかもよく食べる中華圏の人たちの駅弁だけあって、同じアジア人とはいえ、日本ではまずお目にかからないだけの、弁当箱に詰めれるだけギュと押し詰められたようなボリューム満点のものだったりするからうれしい。

それ以外にも高包にはない硬臥の特典として、各客車の隣に設置されている給湯所の存在がある。日に何回か乗務員が熱湯を注いでくれる、熱湯がたっぷりと入ったその給湯器は、長旅の間にちょっとお腹が空いたときのカップラーメンのお湯に使ったり、各自でもちこんだコーヒーやお茶を飲んだりするのに、便利なことこの上ないサービスだ。

このお湯で淹れたお茶を啜りながら、車窓脇のベンチに腰掛けて、隣席のおじさんと会話を交わしたり、流れ行く景色を眺めたりする時間は、汽車の旅もいいもんだなあと改めて思わせてくれるひと時である。

そんな心地良い時間を過ごしているうちに、いつの間にか車窓から見える景色は、沿岸部で眺めることのできた集合住宅地や乾いた耕作地とは違って、うっそうとした濃い緑が囲む湿った水田地帯に、水牛が垣間見えるといったような景色へと徐々に変化していった。

…つづく

 

 

第39回:Guilin (2)