■くらり、スペイン~移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく!
著書『カナ式ラテン生活』。


第1回: はじめまして。
第2回: 愛の人。(前編)
第3回: 愛の人。(後編)
第4回:自らを助くるもの(前編)
第5回:自らを助くるもの(後編)
第6回:ヒマワリの姉御(前編)
第7回:ヒマワリの姉御(後編)
第8回:素晴らしき哉、芳醇な日々(前編)
第9回:素晴らしき哉、芳醇な日々(後編)
第10回:半分のオレンジ(前編)
第11回:半分のオレンジ(後編)
第12回:20歳。(前編)
第13回:20歳。(後編)
第14回:別嬪さんのフラメンコ人生(前編)
第15回:別嬪さんのフラメンコ人生(後編)
第16回:私はインターナショナル。(前編)
第17回:私はインターナショナル。(後編)
第18回:ナニワのカァチャンの幸せ探し(前編)
第19回:ナニワのカァチャンの幸せ探し(後編)

■更新予定日:毎週木曜日




第20回: 泣笑的駱駝(前編)

更新日2002/09/05 

アミーガ・データ
HN:MIN
1977年、南京生まれ。
2000年よりスペイン生活、現在3年目。
マドリード在住。

インタビューの行われた日は、MINの24年間の人生で最悪の日となった。かかってきた携帯電話を切った彼女は、青ざめた顔でこう言った。「お父さん、なにかたいへんなことになったって。電話、中国の妹から。いま、家族みんな、逃げてるって」

MINは、中国人だ。彼女とは一年前に、公立語学学校で知り合った。日本語が堪能で、しっかりしていて、なにより明るく前向きな彼女とは、すぐに仲良くなっていた。

その彼女の父親が、ありもしない罪を着せられ、追われているという。父は技術者であり、現在は故郷江蘇省で要職をつとめる公務員である。興奮状態の彼女から途切れ途切れに聞いた話をまとめると、彼は省の勢力図が変わった数ヶ月前から、「気をつけた方が良い」と周囲に注意されていたという。そしてついに、逮捕命令。ごていねいに、テレビでは捏造された「証拠ビデオテープ」まで放映されたらしい。親戚や友人も、関わるのを恐れて手助けしてくれない。一家はいま、ある田舎の家に隠れている。盗聴される危険があるので、MINへ無事を知らせる電話は、人目を盗んで公衆電話から。もちろんMINの方からは、一家に連絡を取ることはできない。

「映画みたいだよね、信じられないよ」 彼女は気丈に笑ってみせたが、「お父さん、血圧の病気だよ。それに妹は、まだ小さいね。それなのに、ひとりで頑張っている。私だけ安全なところにいて、ずるいね」と言うや泣き崩れた。

そんなこと言っちゃダメだよ、MINだけでも安全なところにいること、きっとご両親は喜んでるから。手をぎゅっと握ってそんな言葉をかけてみても、彼女の抱える問題の深刻さの前ではうつろに響いて仕方ない。その日は当然だがインタビューを中断し、後ろ髪引かれる思いで帰宅した。


MINは、江蘇省の省都である南京に生まれた。揚子江の流れる江蘇省は、中国の東海岸に位置する。気候は温暖で、『魚米の郷』と言われるように豊かな生産物が自慢。一方で、同省には蘇州など日本とビジネス面で交流の深い都市も多い。大都市上海までほんの1時間、経済活動も活発な地域なのだ。日本の町でたとえると? 「北京が東京でしょ、上海が大阪。だから南京は、神戸かな?」


文化大革命により、一家は南京の親類と離れ、地方都市へと引っ越す。父は公務員、母は会計士。子どもの教育に厳しい父と、物静かだが頼り甲斐があって料理上手な母のもとで、MINと、2歳年下の妹は元気に育った。友達の家も、ほとんど共働き。彼女は学校が終わると本を読み、日曜は友達と山登りをしたりテレビを見たりして過ごした。

中学校に入学する頃、従姉妹のお姉さんウィニーが東京に留学する。その話を聞いたり写真を見せてもらったりするうちに、MINは通訳の仕事に憧れるようになった。当時は反抗期で家出も考えるほどだったが、英語だけは一生懸命勉強した。やがてウィニーは、スイスのジュネーブへ移住。彼女は、夢見た。いつかウィニーのように、海外で生活してみたいな。

高校時代は猛烈な受験勉強を余儀なくされたが、ある作家との出会いがMINの夢を支えてくれた。その名は、三毛(サンマオ)。1943年に中国で生まれ、台湾で育ち、欧米を巡ったあとにマドリードに移住。そこで出会ったスペイン人男性との結婚、サハラ砂漠での生活などを軽快に綴った本は、台湾、香港、中国でたいへんな人気となった。MINは彼女の本に夢中となり、猛勉強の合間に20冊以上も読んだという。砂漠という厳しい生活条件の中で、生き生きと暮らす三毛。MINは、読み終えたばかりの本を胸に抱いて熱く願った。「私も、こういう人生を送ってみたい!」

中国の大学受験は、日本でいうセンター試験に似たものであるらしい。点数によって、第一志望、第二志望、第三志望、と進める大学が決まるという。MINの成績で、念願の外国語を学べるところを探すと……、進学先はおのずとひとつに絞られた。南京師範大学外国語学部日本語学科。偶然なのだが、たまたま縁があったのが、ウィニーが写真を見せてくれていたあの日本だったというわけだ。

 

 

第21回:泣笑的駱駝(後編)

 
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