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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第350回:奥羽本線の車窓 -寝台特急あけぼの 2-
更新日2010/10/07


流れ行く街の灯を眺めつつ、瞑想に耽る。これこそ寝台特急ならではの愉しみである。しかし私は、下段個室のベッドに横たわるなり、あっさりと睡魔に陥落させられた。夜中に一度トイレに行った。なぜか個室の扉に体が引っかかって身動きが取れなくなった。そういえば昨夜は2階の個室に入る時もちょっと困った。医者から肥満を指摘されても気にしなかったくせに、寝台個室の扉を通れないと深刻に考えてしまう。用を足して部屋に戻ったら列車が停まった。窓から駅名標を探すと、「あつみ温泉」だった。

時刻は04時を過ぎたばかり。昨夜は22時ごろ横になったから、6時間ほど眠った。普段の生活と同じ睡眠時間である。5号車1番、2番のソロから海は見えない。山頂が明るくなっていく様子は判った。トイレに行くたびにジーパンをはき、ベッドの上で転がりながら脱ぐ。寝台着を忘れたな、と反省する。寝台着とは私の造語で、寝台車に乗るときに、寝巻き代わりに着る服である。冬ならジャージ、夏なら作務衣がちょうどいい。もっとも、これから先、寝台車に乗るなんて、あと何回あるだろうか。


日本海沿いの山側、つまり東側
室内に朝日が差し込む。

そして二度寝。これが心地よい。なにしろ寝るより他にすることがない。空模様を眺めながら、意識が遠く近く、波のように繰り返す。起きようか、このままでいようか、やっぱり起きるか、と体を起こす。時刻は06時24分。岩城みなと駅を通り過ぎた。鞄からICレコーダーを取り出してスイッチを入れる。「06時24分起床……」と吹き込んだところで、車内放送のチャイムが流れた。渋い声の車掌さんが朝を告げた。青森到着は09時56分。さて、この3時間半をどう過ごそうか。

まずは朝飯だ。車内放送によると車内販売はないけれど、秋田駅では4分間停車し、3号車付近で駅弁を販売しているという。それはありがたい。さっそく着替えて、秋田停車と同時にホームに出た。3号車に向かって歩くと、向こうからも駅弁のワゴンがやってくる。ちょうどよかった。私の "牛めし" と、母に "白神浪漫" を購入する。"白神浪漫" は、しめじご飯とのことだった。部屋に戻り、駅弁を棚の上に置いた。母はもう起きているかもしれない。しかしまだ呼ばないでおこう。朝食にはまだ早い。


秋田駅で小休止。

車両基地が見えた。秋田総合車両センターである。電車や赤い機関車が並ぶ中で、カシオペア専用色のEF81形電気機関車が目立った。つい最近、新型のEF510形に職を譲ったばかりだ。秋田に来た理由は何だろう。赤い色に塗られて貨物用に転じるのだろうか。もしかしたら廃車かもしれない。廃車と言えば、京浜東北線で活躍していた209系電車も並んでいる。あの電車は直流電化区間用で、このあたりは交流電化区間だから、ここでは自走できない。きっとここで解体の日を待っているのだろう。お疲れ様でしたと手を合わせたくなる。

私は時刻表を広げた。青森到着は09時56分。次に乗る "白鳥3号" は11時56分発。ちょうど2時間ある。1時間以内なら待合室で座っていてもいいけれど、2時間もあれば何かせずにはいられない。さっそく時刻表をめくった。青森といえばストーブ列車で有名な津軽鉄道がある。しかし2時間では無理だ。津軽線で終点の三厩……これも時間がかかる。では、いっそ "あけぼの" を東能代で降りて五能線を回って青森へ……これも時間が足りない。しかたない、青森の観光案内所で手ごろな見所を教えてもらおう。


改造? 修理? しかし手書きとは……

朝日に照らされて、水田や樹木の緑が活き活きとしている。2010年の酷暑は東北も例外ではなく、暑い日が続いているという。列車は八郎潟や東能代に停車した。海側の部屋を指定しなかったことを少し後悔した。この区間の乗車は久しぶりである。今日は海がきれいに見えるだろう。と思ったら、内陸に入って鷹ノ巣駅を過ぎると、空模様が怪しくなってきた。鷹ノ巣は秋田内陸縦貫鉄道と接続する駅である。秋田内陸線は大赤字で廃止が取りざたされたけれど、韓国でヒットしたドラマ『アイリス』のロケ地として人気となり韓国からの観光客が急増した。これを受けて秋田県はロケ地周辺の観光に力を入れ、秋田内陸線もその一環として存続の方針となった。めでたい事である。


秋田内陸縦貫鉄道が見えた。

扉がノックされた。母だった。挨拶だけのつもりのようだった。「駅弁を買ってあるよ」と言うと、貴重品を持って降りてきた。昨日の夕食は2階席。朝食は1階席。こちらのほうが少し広い。母は、「いつも朝ごはんは食べないんだけど」と言う。しかし、「食べられるときに食べておく」が私の旅の原則である。ずっと列車に乗りっぱなしだから、お昼時にレストランのそばにいるとは限らない。普通、旅と言えば、まず泊まりたい宿を決めて、道中の食事の目当てをつけて、それから移動の手配になるだろう。しかし私の旅は移動が目的だから、宿や食事の段取りより列車ダイヤが優先する。もっとも、今回は青森で時間があるから、郷土料理の店を探してもよかったか。

私の "牛めし" は "すきやき丼" 風で、ご飯の上の半分が肉、半分は白滝で覆われていた。白滝で飯が食えるかと思ったけど、ご飯に汁が染みていて美味かった。母の "しめじご飯" は中央にホタテの天ぷらが載っていて、貝好きの母に好評である。食べているうちに大館、碇ヶ関に停車、その次に停まった大鰐温泉駅で、窓から弘南鉄道の電車が見えた。母を促す。あの電車は元東急電鉄の車両で、かつて私たちが住んでいた街を走った。母も、「こんなところにいたのねぇ」と懐かしがっている。明後日はこの駅からあの電車に乗る予定だと言うと、「そうなの」と一言だけだった。まあそんなものだろう。

もうすぐ青森である。母は荷物の整理をすると言って自室に戻った。私は再び一人旅気分である。この個室には枕元にスピーカーがあってBGMを流せる。クラシックとポップスの2チャンネルだ。ポップスはインストルメンタルで、選曲がうまい。レールの響きや列車の速度を考慮したテンポの曲を選んでいるのだろうか。仕事中のBGMにしたいと思い、後にJR東日本の広報へ問い合わせたところ、専門の業者が編集しているそうで、2ヶ月ごとに入れ替わるとの事。CDなどで発売する予定はないとの事だった。


青森駅着。

"あけぼの" は定刻の09時56分に青森に到着した。例によって母をホームに待たせて、機関車の写真を撮りに行く。昼間の青森駅は久しぶり。いや、初めてかもしれない。昨年は寝台特急 "日本海" に乗り、今年2月には夜行 "はまなす" に乗ったけれど、どちらも夜だった。明るい時間に見渡すと、昔の青函連絡船への連絡通路は黄色く塗られ、ホームからそこへ向かう階段は閉鎖されていた。駅構内をまたぐ道路橋 "青森ベイブリッジ" の橋げたに展望室があるようだ。とりあえずそこへ行ってみよう。


連絡船通路への階段は撤去されていた。


跨線橋から青森ベイブリッジを見る。

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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