第147回:私の蘇格蘭紀行(8)
更新日2009/07/30
■教会、そしてジャズ
4月4日(日) 、こちらに来て初めての日曜日を迎える。エディンバラの街並みを眺望できる場所として有名な丘、カールトン・ヒル(Carlton
Hill)に登ってみることにした。丘に登る途中で、キリスト教会・Scotland Churchを見つける。
私は両親がプロテスタントのクリスチャンであったため、物心ついたときから教会に通い始め、高校3年生まで教会生活は続いていた。上京してからもいくつかの教会にお邪魔したことがあったが、みなどことなく馴染むことができず、長く通うことはなかった。いつのまにか洗礼を受ける機会を失って、今でも私自身はクリスチャンにはならずにいる。
教会に行くことなど、両親のいる実家に帰ったときだけなのだが、旅愁に誘われたこともあり、また実際にスコットランドのプロテスタントの教会がどんなものかを知りたい気持ちもあって、私はその教会に入ってみた。
入り口では、係の親切そうな男の人が、私に週報(日本の教会にもあるが、その日の礼拝のプログラムと、その1週間の教会と教会員の動きなどが掲載された印刷物)と2冊の讃美歌を渡してくれた。
会堂の中に入ると、精緻に作られたステンドグラス、大きなパイプオルガンが目を引き、さすがにキリスト教国の教会だと感じた。この国の主流の長老派教会というわけか、牧師の近くに何人かの信者がいて、他の礼拝者と席を別にしている。
テーブルにラック、椅子が一体となった、教会特有の長椅子に腰をかける。最初聖書がどこにあるか分らないでいると、隣の老婦人が自分の読んでいるものを貸してくれた。よく見ると、各ラックには2冊ずつ聖書が用意されている。彼女はもう1冊の聖書の該当ページを繰って静かに読み始めた。
この日は、復活祭のイースター礼拝ということで、正牧師以外の人(おそらく長老の一人)が説教(メッセージ)を行なっている。礼拝のプログラムは、私が幼いときから慣れ親しんだものとまったく変わっていない(そのまま、その英語版という感じ)ので、苦労することはなかった。
前の壁には今日の讃美歌のナンバーがボード表示されていて、実際に3曲歌ったが、その讃美歌の前奏がかかると、「ああ、この曲か」とすぐに分かり、スムースに歌うことができた。「英語ではこういう歌詞になっているのだな」と納得しながら。
イースターなので、幼児洗礼も行なわれていた。生まれてまだ2、3ヵ月の赤ん坊に牧師が少量の水をかける、パブテスマ(洗礼)の儀式だ。洗礼を施した後、牧師がその子を抱いて会堂の人たちにお披露目をしたのが微笑ましかった。となりの老婦人は"Lovely,
Pretty!"ととてもうれしそうだ。実際、とてもかわいい女の子だった。
礼拝が終わると、その老婦人が、「この後、みんなでお茶を飲んでお話しをしますが、あなたもいかがですか」と誘ってくださったが、そのご親切に丁寧にお礼を述べて、その場を辞した。
帰りに、その日のメッセンジャーと牧師、それぞれと握手を交わした。牧師は私の手を握りながら、「今日一日、幸せがあなたにありますように」と祝福の言葉をくださった。
カールトン・ヒルに登る。聞いていた通り街全体を見渡すことができる丘だった。天気も良かったし、私は気持よく歩き続けた。なぜかこの穏やかな気分の中から脳裏に浮かんできた曲、谷山浩子の『河のほとりに』を何回も口ずさみながら。
丘の上から眺めたエディンバラは、美しい、本当に美しい街だった。あと一日だけしかここにいられないことが、とても寂しく感じられた。
丘を降りて、本屋に立ち寄った後、今日の目的であるジャズの店探しへ。スコットランドの首都という都会なのだから、JAZZを演奏している店もあるだろうと、まずVictoria
Streetという通りを歩き始めると、いきなりサックスの音が耳に飛び込んできた。実にあっけないほど簡単に店が見つかる。
そこはパブ。中に入るとピアノ(電気キーボード)、ギター、ベース、アルト・サックス、ドラムスのクインテッドが演奏している。50代半ばから60代後半にかけての年配ぞろいのメンバー。演奏はスイングが中心で、水準も特別に高くない。正直こちらの聴きかったジャンルとはかなりかけ離れた音だったが、演奏している楽しさの伝わり方は半端ではなかった。
店の若い従業員に勧められた"1998 SCOTLAND CHAMPION BEER"とラベルに書かれた、さすがに旨いと思わせるエール。それを口に運びながら聴く、肩の力が抜けた演奏は底抜けに楽しく、渡英以来、もっともリラックスした時間を持つことができた。
「スイングしなけりゃ意味ないね」の演奏では、店全体が、グラン、グランと本当にスイングしているような感じさえする素晴らしいものだった。
休憩時間に入ると、演奏していた5人のおじさまメンバーは、さっきから熱心に聴いていた、こちらも5人のおばさまメンバーの席に、ビール片手に話しかけに行く。これがとても自然で
Coolなのだ。
さっきまで黙々とリズムを刻んでいた渋めのベーシストは、すかさず、その中でもっとも綺麗なおばさまの隣の席に着く。やはり、世界各国どこでもベース弾きが一番女好きなのがわかった。
次のステージも終盤にさしかかろうとしたとき、そのおばさま5人のうち最もジャズには縁のなさそうな女性が、「歌わせて!」とマイクを掴む。一曲目は何とか歌いきったが、挑戦した二曲目の『恋人よ我に帰れ』ではサビからはオクターブ下げるなど、かなり苦しい歌い方、私は内心、「おばさん、カラオケではないのですよ」と失笑してしまった。
ところが演奏が終わると、件のベーシストが彼女に向かって、「僕たちの方のキーが合わなくて悪かったね、とても残念だ」とすかさず優しい言葉をかけたのだった。まさにGENTと言おうか・・・。
-…つづく
第148回:私の蘇格蘭紀行(9)