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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第248回:流行り歌に寄せて No.58 「無法松の一生」~昭和33年(1958年)

更新日2013/12/19

ちょうど10回前のこのコラムに、三波春夫の『チャンチキおけさ』のことを書かせていただいた。同じように少年浪曲師から歌謡界に転身し、長年良きライバルとして活躍し続けた三波から一年遅れて、村田英雄は25歳の年に、この曲で歌謡曲歌手デビューを果たした。

三波と同様、村田も芸の世界に入るのは早かった。養父母の一座に加わり4歳の時に初舞台を踏み、5歳で浪曲師の酒井雲門下に弟子入り、大阪に移り住み修業を始める。

師匠から酒井雲坊の名前をもらって真を打ったのが13歳の年。翌14歳の年には一座の座長として九州を中心に旅公演をしていたというのだから、この頃の方々は早熟というのか、とにかく圧倒的な勢いを感じるのである。

このような生活をしている限り、小学校も中学校もほとんど行っていないと推測するが、彼らには舞台が学校であり、旅公演仲間が学校の友達であったのだろう。


「無法松の一生」 吉野夫二郎:作詞 古賀政男:作曲 村田英雄:歌  
1.
小倉生まれで 玄海育ち 口も荒いが 気も荒い

無法一代 涙を捨てて 度胸千両で 生きる身の

男一代 無法松

2.
今宵冷たい 片割れ月に 見せた涙は 嘘じゃない

女嫌いの 男の胸に 秘める面影 誰が知る

男松五郎 何を泣く

3.
泣くな嘆くな 男じゃないか どうせ実らぬ 恋じゃもの

愚痴や未練は 玄界灘に 捨てて太鼓の 乱れ打ち

夢も通えよ 女男波


ラジオ番組で、浪曲の口演をしていた村田の声をたまたま聴いていた古賀政男が、浪曲『無法松の一生』を歌謡曲に代えて、村田に歌わせたもので、前述の通り、これが彼の歌謡曲デビュー曲となる。

吉野夫二郎は、『母恋人形』『母恋月夜』などの、いわゆる「母物」の映画をいくつか手掛けている原作者である。

上に掲載した歌詞がオリジナルのもの。ところが、今日よく知られているのは、『無法松の一生(度胸千両入り)』というタイトルになっている。『度胸千両』とは『無法松の一生』と同じ昭和33年7月に発売された、作詞、作曲、歌とも同じメンバーによる曲である。

ところが、その『度胸千両』の中の一部の、下記の部分をオリジナルの『無法松の一生』の2番の代わりに入れて歌うバージョンが、カバー歌手たちによって歌われるようになり、そちらの方が有名になってしまった。

空にひびいた あの音は たたく太鼓の 勇駒

山車の 竹笹 堤灯は 赤い 灯(あかし)に ゆれて行く

今日は祇園の 夏祭 揃いの 浴衣の 若い衆は 綱を引出し 音頭とる

玄海灘の 風うけて ばちがはげしく 右左

小倉 名代は 無法松 度胸千両の あばれうち


多くの歌手が、このカバーバージョンをアルバムに入れていった中で、村田英雄本人が『無法松の一生(度胸千両入り)』のタイトルで吹き込みを行なったのは、オリジナル曲発売から23年後の昭和56年のことである。

私は、今回オリジナルの『度胸千両』を聴いてみたいと思ったが、残念ながら見当たらず、その歌詞の全容を知ることもできなかった。調べてみると「村田英雄全集」のCDセットには、それぞれのオリジナルと合わせバージョンの、3曲が収録されている。一度聴き比べてみたいと思う。

さて、岩下俊作と言う作家が作り上げた「無法松」こと富島松五郎という人物を今まで演じてきた役者は数多くいる。「なるほど」と頷ける人が多いが、「この人が…」と少し首をかしげたくなる人もいて興味深い。

最後に、ここに挙げてみると、(特にタイトル名を書かない物は、すべて『無法松の一生』のタイトル)

〈映画〉
◎阪東妻三郎(昭和18年・大映) 
ご存知元祖、阪妻版。戦時中であり、検閲により、カットされるシーンが多かった。
◎三船敏郎(昭和33年・東宝) 村田英雄の曲と同年封切り。
◎三國連太郎(昭和38年・東映)
◎勝新太郎(昭和40年・大映)
※映画で演じた4人が、すべて松五郎と同じく「郎」の字の付く役者であることの偶然が面白い。

〈テレビドラマ〉
◎田崎潤(昭和32年・日本テレビ 昭和37年・NHK) 
初演から5年後に別のテレビ局でも演じた。
◎須賀不二男(昭和32年・フジテレビ)
◎南原宏治(昭和39年・フジテレビ)

〈舞台〉
◎丸山定夫(昭和17年・文学座) 
小説の原作「富島松五郎伝」のタイトルで、これがいわゆる初演、映画化へのきっかけとなった。丸山はその後、『移動慰問劇団・桜隊』として、昭和20年、この芝居で全国を巡回公演するが、8月6日広島にて被爆、終戦の翌日8月16日に息を引き取る。この時の出演者全員が被爆死となった。
◎辰巳柳太郎(新国劇・戦前、戦後を通して何回も公演)
◎田村高廣(昭和51年・阪東妻三郎23回忌追善公演) 
阪妻の長男が好演し、これを機に「二代目阪東妻三郎襲名」の声が上がるが、田村は固辞している。
◎榛名由梨(昭和57年、63年、平成10年・宝塚歌劇団) 
『永遠物語』というタイトルで、初めて女優によって演じられる。
◎津嘉山正種(平成9年・劇団青年座)

その他には、芝居と歌謡ショーの二本立てで、村田英雄を始め、小林旭、北島三郎、杉良太郎、五木ひろし等が演じているらしい。

-…つづく

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
著者にメールを送る

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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