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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第721回:“地震、雷、火事、親父”

更新日2021/08/19


日本のコトワザにはいつも感心させられます。リズムがあり、可笑しみもあり、なるほどと納得させられるのです。多少時代背景が変わってしまい、現実に即さないコトワザもありますが、“地震、雷、火事、親父”などは、恐ろしいモノ、出来事をトップから並べ、最後に親父を持ってくるあたり、傑作です。最近、親父を恐れる家庭など存在しないでしょうけど、きっと一昔、二昔前の日本の家庭では、親父さん、さぞかし威張っていたのでしょうね。明治は遠くなりにけりです。

アメリカ西海岸は環太平洋火山帯にありますので、火山活動、地震も頻発していますが、私たちが住んでいるロッキー山系に元気の良い火山がありませんから、火山爆発による地震はありません。 

ですが、その分、2番目と3番目が一体になった雷と火事、山火事がとても多いのです。夏の午後から夕方にかけての雷嵐はチョットしたショーです。ただし、雷が自分のところに落ちてこない限りという、条件付きです。日本の雷もアメリカの雷もそんなに違いはないと思うのですが、こちらの雷はオヘソが取られるというようなヤワなものでなく、天を裂き、鼓膜も破れるほど、バリバリバリッと来て、家が揺れる衝撃、大音響を発します。


こんなことを書くのは、先週、至近距離に落雷があったからです。いつものように電灯を消し、大きな窓に映る閃光を眺めて、まだピカッからゴロゴロ、ドカーンの音は10秒以上あるから安心だとか、オッ、5秒だ、だいぶ近づいてきた、とか言っているうちに、南の窓に閃光が走り、3、4キロ離れた森が火を噴出したのです。

望遠鏡で見ると、他にも一箇所、燻るというより、盛大に煙を出したところがその西側にもあるのです。ヨットの航海で使っていた双眼鏡には磁石も付いているので、それで方位を定め、すぐに消防署に電話し、また、隣り近所といっても、いずれも何百メートルも離れていますが、山火事情報の電話を入れたのです。

こんな人里離れたところに棲んでいる人たちは、皆それなりに山火事対策を考えていますし、情報にも敏感です。電話した私が逆に詳しい現状を教えられることになってしまいました。15分も経った頃でしょうか、地元にあるボランティアベースの消防団が現場に駆けつけるサイレンが聞こえました。 

何にでも興味を持ち、誰とでも友達になる傾向のあるダンナさん、消防団のオジサンたちに、ホースも届かない、水もない、第一そんな現場まで車も入れないようなところでどうやって消火活動をするのか、訊きまくっていました。彼が持ち帰った情報によると、消防団の第一の武器はチェーンソー、次がツルハシ、スコップなのだそうです。まず燃えている木、燻っている木、その周りの木を切り倒し、ツルハシ、スコップで土をかけて消すというのです。これは非常に危険な作業で、また他に方法がないとはいえ、とんでもなく効率の悪いやりかたです。ですが、このやり方で、この高原台地の落雷、山火事を相当数消し止めているのです。

私たちの土地、森の中にも、ザッと数えても十数箇所、大木が真っ黒に焦げ、倒されています。いずれも雷にヤラレタ残骸です。幸い周囲に広がるような火事にはならずに済んだのです。ここでは、雷と火事が密接にくっ付いているのです。


その翌日のことでした。室内の電灯を消し、雷、閃光、光と音のショーを楽しんでいたところ、急激にピカッとズドンが同時に起こり、家の中にまで、閃光が飛び込んできた…ように感じたのです。私はギャッと雷より大きな悲鳴を上げ、ダンナさん、私のオヘソが取られたと思ったそうです。そして、電気がバツンと切れたのです。

1、2分経ち、雷が5秒、8秒と遠ざかって行ったころを見計らって、ダンナさん大きな懐中電灯を持って、何処に雷が落ちたのか現場検証に出かけました。彼、てっきりウチにある風車のタワーに落ちたと思ったそうです。私の方は脈拍が異常に高くなり、ふと、友達の犬が雷で心臓麻痺を起こして死んだ時のことを想い出しました。幸い、私は心臓麻痺を起こさず、死にもしませんでしたが…。 

どんな事態に陥っても、その瞬間、瞬間に楽しみを見つける天才的なダンナさん、薪ストーブの中に大きなローソクを3本立て、火を灯し、ストーブの正面のガラスを通して揺れる柔らかい光を眺め、「真夏に薪ストーブの明かりを楽しむのはなんと贅沢なことよ…」とか言っているのです。

翌朝、私たちの小屋に登る私道、ドライブウェイ脇に住む、キャロルとバッドと話したところ、彼らの敷地内にある電信柱に落雷しトランスが焼けたことを知りました。彼らの家ではすべての電球が破裂し、電話もパーになった、大きなテレビはサージプロテクター(電圧の急激な変化に応じる安全器)が焦げただけで済んだ、その時、外に出ていたバッドの方は、雷の衝撃音で耳が聞こえなくなり、その朝も耳鳴りが酷いと嘆いていました。

夏山に登る時、お昼までに頂上に立つとか、どこまで辿り着けたかは問題にせず、13時になったら必ず引き返すルールを二人で決め、実行しています。一度、マウント・ヘレンで雷雲が近づいてくるのを知りながら、後30分くらいで頂上に立てる…と、そのまま上り続け、急いで走り降りたのですが、間に合わず、途中で雷嵐に遭遇してしてしまった苦い、危うい経験があるからです。

二人で反省会を開き、なんと馬鹿なことをした、二度とあんなことはするべきでない…と決めたのです。その時は稜線を避けるように下山したとはいえ、その稜線と下山道の中間くらい、50メートルと離れていないところに、いくつも落雷し、岩が吹っ飛んだのです。本当に愚かなことをしたものです。

でも、今回の場合は家にいて、どこにも逃げようがありませんでした。おまけに岩山でなく、森、しかも乾燥しきった森の中の一軒家ですから、大きな山火事になったらどうしようもないところなのです。

ここでは順番を入れ替え、“雷、火事、地震”になり、親父は抜きです。でも、なんとも語呂が悪くなりますね。


-…つづく 

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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