第868回:救世軍のリサイクルショップ
私の妹のローリーは、定年間近のベテラン看護婦さんです。趣味と呼んで良いのか、毎週欠かさず通っているのは、ジムと救世軍のリサイクルショップです。ジムの方は汗を流し、凝った身体をほぐし、体調を整えるためなのは分かります。救世軍の店へ行くのは、傍目から見ると殆ど中毒のようにさえ思えます。
最近になって気がついたのですが、大きなリサイクルショップを何の目的もなく観て周り、大バーゲン、掘り出し物を見つけるのが長時間の緊張を強いられる看護婦さんの仕事のストレス解放になり、精神衛生にも良いようなのです。
アメリカ全土に広大な非営利事業のリサイクルショップがあります。それも一軒、二軒ではなく、私たちが食料買い出しに降りる人口12万人程度の田舎町にも、電話帳で調べると14、15軒もあります。
本家の救世軍のほか、動物愛護協会、アルコール中毒患者サポート団体、地元に仕事をもたらすための団体、傷痍軍人のための団体、ガンの患者さん救済のための協会、といずれも儲けを無視した非営利事業で、働いている人もボランティア、無料奉仕で働いています。その多くの店は、教会がスポンサーになっているようです。
アメリカではガレージセールが盛んに行われていますが、週末のガレージセールで売れ残ったモノは、まずすべてそのようなリサイクルショップへ直行します。
日本のリサイクルショップに行ってみて驚いたのは、その値段の高さです。もっとも、すべて個人経営の営利事業のようですから結構ブランド物が多いこともあるでしょう。誰か使わなくなった衣類や道具、電子機器などを持ち込み、それを安く買い取り、店に並べていることのようですから、当然高くなるのでしょう。
そこへいくと、アメリカの救世軍的リサイクルショップで売っているものはまず100%、仕入れ?はタダです。ガレージセールの売れ残りだけでなく、季節ごとに整理する衣類、家財道具、グングン成長していく子供たちが着られなくなった衣料品などを車で運んできてドンと置いていくのです。しかも、それが大量で、まだ相当商品価値がある、ありそうな場合は税金控除の対象になり、そのための用紙まで渡してくれます。
私たちの町にすら、広大と言ってもいいほどの大きさの、学校の体育館が軽く収まるほどの広さの店が4軒あり、他に余った建築材料、ドアや窓、家具、インテリア用品ばかりを集めた全国的組織の店もあります。中には、内装が凝っていて、デパートと変わらない店まであります。
妹のローリーの場合は、何か欲しいものがあるから、リサイクルショップ回りをするのではなく、ただブラブラと掘り出し物目当てのようです。店の方も、ただでさえバカ安値の商品をさらに、月曜日は退役軍人とその家族は50%引き、水曜日はシニアの日、新学期を控え子供用品、文房具超割引と、趣向をこらして品物の回転を図っています。時々大バーゲンとして、ビニールの袋にティーシャツ、ブラウス、カッターシャツなど衣料品を詰め込めるだけ詰め混んで5ドルの日を設けたりしています。
私たちはローリーの趣味を笑うことができません。というのは、今日、ダンナさん、ローリーのではなくウチの方です、が身につけている、モノを点検したところ、野球帽にはじまり、ティーシャツ、ジャンパー、ジーパン、靴にサンダルまで90%くらい、ローリーが古着屋で買った物でした。
まあ、ウチのダンナさんなら何でも喜んで身につけるだろうと見込んでのことでしょうけど、「俺のファッションはローリーなくしてはあり得ないなあ~、どんなモノでも俺、こだわりがなく、何でも上手にファッショナブルに着こなすからだよな~、そのうち古着モデルとしてデビューしようかな」と、ノタマッテいます。
私たち姉妹はどちらにしろ貧乏な家庭で育ってきましたから、ローリーだけが少女時代の貧乏精神に揉まれてきたわけではありません。私が引退した時の給料の倍近くは、現在、ローリーは稼いでいるはずです。同じ環境で育った、もう一人の妹ロビンは、救世軍的な古着屋に足を踏み入れたこともないでしょう。ともかく、気に入ったデザイナーの、しかも最新のファッションしか目がありませんから…。どうも救世軍のバーゲンあさりは、生まれ育った環境が影響しているとは思えません。
私も、バッハ・フェスティバルのためのバッハ・ファッション、日本に行くための少しフォーマルなブラウス、上着などは、お気に入りのリサイクルショップで仕入れています。
ローリーのリサイクル品の攻勢は衣料品だけでなく、ダンナさんが愛用している髭剃りセット、クッション、カーペット、フレンチドア用の厚手の大きなカーテン、はてまた石鹸20個、ステンレスの台所の流し、蛇口などなど、幅広い品目に及でいます。もし、私たちがローリーの近くに住んでいたら、何から何まですべて、家一軒分の家具、1年分の着る物が一挙に揃うのではないかしら。
私の元同僚だったドイツ人のガブリエラも相当な救世軍の店マニアで、彼女の着るモノをはじめ家の中はまるで日本のリサイクルショップ以上の品揃えです。ガブリエラは自らリサクルショップ・ハンターと称するほどの凝りようで、この町だけでなく、お金持ちが多く住む、アスペン、テリュライドなどのリゾート地の救世軍にまで足を伸ばしています。
彼の地ではブランド物、しかも全く手を通していない、掘り出し物が多いのだそうです。ドイツに帰る時のお土産は、すべてリサイクルショップで買う、買ったと自慢げに話していました。引退のお祝いに彼女の旦那さんがプレゼントした真っ赤なベンツのオープンカーで救世軍の店に乗りつけており、駐車場を見渡すと、アッ! ガブリエラが店にいるとすぐに分かるほどです。でも、真っ赤なベンツはどこか救世軍の店にそぐわない感じがしますが…。
消費文化に洗脳されているアメリカが捨てる衣料品は大変な量になります。そこで、アメリカの“お下がり”を海外に輸出する組織が現れました。“お下がり”は本来、姉から妹へとタダで下がっていくモノですが、アメリカは1年間に810ミリヨンドル(1,200億円相当かしら)を輸出しています。
ヨーロッパのお金持ちの国も、アメリカに負けないくらい輸出しています。受け入れる、“お下がり”をトン単位で買う国は、アフリカとフィリピン、インド、インドネシアなどの東南アジアと想像がつきますが、なんとロシアが最大輸入国なのです(2021年の統計、ナショナル・ジオグラフィック;2024年4月号による)。
ということは、アメリカの右翼、アンチロシア人たちが着ていた服をロシア人が着込み、ウクライナに向かっているのかもしれません。
この統計を見て驚いたのは、貧しい国民を大量に抱えていると思っていた中国が、古着輸出国になっていることです。中国も豊かになり、アメリカ的消費文化、使い捨て文化に犯されてきたのでしょうか。
それだけでありません。地球温暖化の最悪の立役者は繊維業界、言ってみればファッション業界なのです。
ニューファッションで身を固めている人は、それだけ次から次へと流行を追うのでしょう、地球を汚している張本人になるのだそうです。それはあらゆる化学繊維を作るところから始まり、たとえウールや綿と混紡しているにしろ、化学繊維、ポリエステル、あらゆるナイロンなどは永遠といって良いほど、地球上に残り、消えないのことのようです。ポリエステルだけでも1年間にゴミとなって堆積する量は6,000万トンにもなります。
地球を汚すからとまで考えているわけではありませんが、私はできるだけ化学繊維を避け、コットンの製品を愛用しています。ウールはカシミアなどでない限り肌が痒くなり、湿疹症状になるので遠慮しています。もっとも、カシミアは高価すぎて手が出ないのですが…。
ところがこのコットン=綿を育てるのに、大変な量の水と肥料が必要で、重さにして1キロの綿を収穫するのにおよそ1,400リットルの水が必要なのだそうで、ジーパン1本を作るのに要する水は7,560リットルだと言うのです。雨の少ない、高原台地に住んでいて、地下水を深い井戸から汲み上げて大切に使っているのに、ジーパンを愛用し、何本も持っているのは、地球を枯らす手助けをしている、罪な行為のように感じてしまいました。
第869回:バックパックとランドセル
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