第19回:サイラス大尉 その1
この虐殺を書いている間、気分が重く、滅入ってしょうがなかった。神に仕えるメソジスト派の宣教師、牧師だった男がこんなことを成しうるのだろうか、食いつめ者が多かったとはいえ、部下の騎兵隊員がインディアンの女性を強姦するだけでなく、その性器を輪切りにし、サドルホーンに掛け、その数を競うようなことができるのだろうか、人間はどこまで残虐になれるのだろうか。
その中で一条の光が刺すように、サンドクリークは一方的な虐殺、殺人だったと表明した軍人がいたことにかすかな安堵を見出し、救いを見た思いがした。
彼の名はサイラス・ソウル(Silas Soule)、第一義勇騎兵隊を率いる大尉で、シヴィングトン大佐の指揮下に入いる立場だった。だが、彼は命令を奮然と無視し、自分の部下に殺戮を許さなかったのだ。戦闘現場で上官の命令に従わないことは、敵前逃亡にも似た重罪に値する。それをあえてサイラス大尉はやった。それだけなく、シヴィングトンにサンドクリークの殺戮を止めさせようと進言してさえいる。
サンドクリークで殺戮を逃がれ、逃亡できたインディアンが存外多かったのは、村の北東部に布陣していたサイラスの第一義勇騎兵隊がインディアンを撃たなかったどころか、逆に逃亡を助けたからだと言われている。
サイラスはシヴィングトンより3日遅れてデンバーに戻った。そこで、「私は私の指揮下にある第一義勇騎兵隊員が一人のインディアンも殺さなかったことを誇りに思い、そして、そのことを神に感謝している」と声明を発表した。シヴィングトンを軍の本部、議会へ告発に踏み切るのはまだ後のことだが…。
サイラスはシヴィングトンと共にグロリエタ峠で南軍を破る活躍をした生粋の軍人で、身を挺して戦闘の先に立つ人物だった。このグロリエタの戦いだけでなく、若いサイラスは北軍の英雄だった。グロリエタの戦いも、サイラスがいたからこそ勝ったと言われている。だから、シヴィングトンとサイラスは個人的な知り合いだったし、シヴィングトンはサイラスの軍事的能力を高く買っていたフシがある。もっとも、美味しい成果、マスコミ、軍歴は、シヴィングトンが収穫した。それに対し、サイラスの方はそんなことにまるで無関心だったように見受けられる。

サイラス・ソウル(Silas Soule)
サンドクリーク虐殺事件は多くのユニークな人間模様を浮き彫りにした。主役というか、悪役のトップはシヴィングトンだが、端的に彼と対比する立場を取ったのがサイラス・ソウルだった。
サイラス・ソウルはメイン州で生まれた。少年の時にローレンス(Lawrence、Kansas)に移っている。というより、両親がローレンスの町の創設者の一人だった。また、熱烈な奴隷廃止論者で、実際に逃亡奴隷を北部の州へ逃すためのルートに関連していたと言われている。
彼自身も奴隷廃止闘争に関わり、ジョン・ブラウン(John Brown;過激な奴隷廃止闘争を繰り広げ、合衆国政府の武器庫を襲い、逮捕され、死刑になった)救済のためウエストヴァージニア州、ハーパーズ・フェリーまで出かけている。それが1859年のことだ。
サイラスは南北戦争が始まる前に、北軍のパイクス・ピーク連隊に加わり軍歴を始めている。1861年、南北戦争勃発と同時に、北軍の陸軍中尉になり、第一連隊を率いた。ニューメキシコから北へ向かい、コロラド領域に侵入しようとしていた南軍との戦いに立ち向かった。この時、シヴィングトンと共にグロリエッタ峠の戦いに加わり、勝利したことは以前書いた。

キャンプ・ウエルドの和平協定の会談に顔を揃えたインデアンの酋長たちと
サイラス大尉(最前列右無帽)、ウェインコップ少佐(前列、帽子を被っている)
中央、ウェインコップ少佐の帽子の陰にブラック・ケトル、左端がホワイト・アンテロープ
1864年にウェインコップ少佐と共にスモーキーヒルでインディアン、シャイアン族、アラパホ族と面談し、後にキャンプ・ウエルドの和平協定として名を残す会談をセッテングした。ウェインコップとサイラスは共にインディアン和平派、インディアンに同情的な立場を取り、朋友になった。ブラック・ケトル、ホワイト・アンテロープ、ブル・ベアーらの酋長、代表を伴ってキャンプ・ウエルドに入っている。
前述したように、その後、インディアンシンパのウェインコップは左遷され、サイラスは残った。しかし、軍位としてはシヴィングトンが大佐なのに対し、サイラスは大尉で、シヴィングトンの命令下に行動しなければならない立場だった。
シヴィングトンの第三義勇騎兵隊とサイラスが指揮する第一義勇騎兵隊がサンドクリークに到着したとき、サイラスはシヴィングトンが何を意図しているかを知ったに違いない。サンドクリークの部落に彼がキャンプ・ウエルドの和平交渉に連れてきたブラック・ケトルなどの酋長、代表がおり、奇襲は和平協定を破ることになる、しかも、部落に残っているのはテロリスト集団のドッグソルジャーではない、とシヴィングトンに襲撃を止めさせようと説得した。だが、シヴィングトンは聞く耳を持たなかった。
サイラスができることと言えば、上官の攻撃命令を無視し、自分の部下、隊員を殺戮に参加させないことだけだった。
サイラスの戦いはデンバーに帰ってからも続いた。サンドクリークが戦闘ではなく、一方的な虐殺行為であることを世間に知らしめた数多くのサイラスの手紙、公式の告発文書、軍事裁判での証言が残っている。
-…つづく
第20回:サイラス大尉 その2
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