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第20回:サイラス大尉 その2

更新日2023/06/01

 

一方、シヴィングトンの対応は素早かった。デンバーに連隊を率いて入った3日後に、彼の命令に従わなかった筆頭の将校として、サイラス大尉を挙げ、軍事裁判所に告訴した。曰く、「サイラスは戦闘に加わることを拒否した。臆病な卑怯者であり、戦闘から逃亡し、自分のポストを投げ出した。いざ戦闘が始まった時に、自分の武器を捨て、敵前逃亡した」と、サイラスほか5名を告訴したのだ。第一義勇騎兵隊はコロラド州兵で合衆国の軍隊でなかったから、サイラスらは州の法律に則ってデンバーの市内にある州の獄舎に送られることになった。

この時点で、州知事のエヴァンスをはじめ軍の上層部も、サンドクリークでは何かとんでもない悪いことが起こってしまったことに気が付き始めたことだろう。現場にいたインディアンだけでなく、第一義勇騎兵隊の兵士、第三義勇騎兵隊の兵士からも実際に何が起こったのかを報告する者が幾人も現れたのだ。

キャンプ・ウエルドの和平協約では、シャイアン族、アラパホ族は完全に合衆国軍の保護下にあり、インディアンは国に守られている立場にあった。その合衆国政府に守られているはずのシャイアン族、アラパホ族をコロラド州兵が襲ったことになる。

シヴィングトンが書いた文章は宣教師的というのだろうか、感情的、エモーショナルな表現に満ち満ちている。サイラスらを裏切り者、臆病者と罵るように書いているのに対し、サイラスの方はシヴィングトンが各小隊に下した命令、その結果、インディアンが受けた被害(殺害だが)を時間に則し、具体的にいちいち軍曹、兵士の名を挙げ書き連ねている。
 
しかし、この告発状がどれだけ効果があったのか疑わしい。多くの歴史家が認めているように、サイラスの妻、ハンサ(Hansa Coberly;彼らは新婚ホヤホヤで、結婚してから2ヵ月ほどしか経っていなかった)が国務省のスタントン長官に宛てて手紙を書き、また東部の新聞社にもサンドクリークで実際に何が起こったのかを書き送ったが、こちらの方が功を奏したようだ。スタントン国務長官はエヴァンスにサイラスらを即時釈放し、州の管轄を離れ合衆国の軍事裁判、公聴会の下にこの件を移行し、サンドクリークの事件を正式に調査する旨電報を打った。それが12月23日、クリスマスイヴの前日のことだった。サイラスらは20日間ほど、コロラド州の獄舎にいたことになる。
 
その間、東部のマスコミもこの事件を盛んに書き立て、北軍の英雄、ユリシス・グラント将軍までが北軍にとって恥ずべき行為だとコメントしたとか…しなかったとか…。また、グラント将軍がエヴァンスに直接手紙を書き、サンドクリークは軍隊が行った許されない殺戮に他ならないと指摘したと言われている。今では、このグラント将軍の談話はマスコミの創作だとみなされているが…。
 
しかし、西部では、実情を何も知らない東の奴らが勝手に騒いでいるくらいにしか思っていなかった。こっちにはこっちの現実があるのだ、自分の命、妻、家族の命が掛かっているのだ、インディアンどもが何をやったか見極めろ、ということだろう。

No.20-01
ジェイムズ・ドゥーリトル(James Doolittle)

合衆国議会はサンドクリーク事件を全面的に調査することを決定した。上院議会はインディアン政策を見直し、ジェイムズ・ドゥーリトル(James Doolittle)上院議員を調査委員長に任命し、全権を与えたのだ。これが1864年の末のことで、日本で維新の動きが活発になりつつある時だ。勝海舟が訪米したのが1860年、そして帰国後、幕府、将軍の前でアメリカはどんな国であるかと訊かれたのに対し、「投票で選ばれた賢人が上に立つ国です」と答えた逸話は知れ渡っている。アメリカ的民主主義は制度としては立派に整っているのだろう、だがすべての法、制度はそれをいかに運営するかにかかっている。

軍が統師権を盾に専横を許した日本の議会は、事実上骨なしになり、悲惨な戦争を始め、継続し、国を滅ぼした。
 
ベトナム戦争での1968年、ソンミ村の虐殺程度の事件?は数多くあったに違いない。ソンミ村を襲撃したカーリー中尉だけを槍玉にあげ、軍事裁判にかけたが、これなどは一種、アメリカ民主主義のデモンストレーション的なショーになってしまったと思う。ソンミ村、ミライの虐殺は347人から504人の全く武装していない村人を虐殺した。ゲリラ的なレジスタンスというのは、常に人民の壁を盾にして行われるものだ。誰がゲリラで誰がサポーターかを見極めるのはきわめてむずかしい。裁判は1970年になってから、米国陸軍調査委員会が設けられ、14名がただ上官への報告を怠ったということで起訴されたが、全員無罪、スケープゴート的な槍玉に上がったカーリー中尉は終身刑を喰らった。だが、即懲役10年に減刑され、その後1974年3月には恩赦で釈放になっている。ベテラン(米国の退職した軍人会)はカーリーを英雄のように迎え、ソンミ事件は過去のものになったのだった。

No.20-02
キット・カーソン(Kit Carson)


ウィリアム・ベント(William Bent)

サンドクリーク大量虐殺の鍵を握る証人として、大物が二人、米国陸軍調査委員会に招集された。キット・カーソン(Kit Carson)とウィリアム・ベント(William Bent)だ。両者とも数種のインディアンの言葉に明るく、通訳として騎兵隊、陸軍、政府の通訳として活躍していた前歴があり、かつ現地のインディアン事情に詳しかった。
 
西部開拓史に欠かせないこの二人については、項を改めて書くつもりだが、ジェイムズ・ドゥーリトルの調査では、キット・カーソンが忠言し、それに基づいて行われたナバホインディアンの強制移住の結果、3,000人とも5,000人とも言われているインディアンを死に追いやったことには言及されなかった。この辺り、アメリカだけではないが、白人至上主義、他の民族は準人間扱いのホワイトエゴが優先する民主主義の限界が見えるような気がするのは私だけだろうか。

そのような限界はあるにしろ、合衆国政府が本腰を入れて調査に乗り出した価値は認めなければならないだろう。とりわけ、日本の軍隊が満州、中国で行った蛮行を政府がどれだけ調査し、断罪したかを比較するとき、その違いに唖然とされられる。

-…つづく

 

 

第21回:サンドクリーク後 その2

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第1回:消えゆくインディアン文化
第2回:意外に古いインディアンのアメリカ大陸移住
第3回:インディアンの社会 その1
第4回:インディアンの社会 その2
第5回:サンドクリーク前夜 その1
第6回:サンドクリーク前夜 その2
第7回:サンドクリーク前夜 その3
第8回:サンドクリーク前夜 その4
第9回:サンドクリーク前夜 その5
第10回:シヴィングトンという男 その1
第11回:シヴィングトンという男 その2
第12回:サンドクリークへの旅 その1
第13回:サンドクリークへの旅 その2
第14回:サンドクリークへの旅 その3
第15回:そして大虐殺が始まった その1
第16回:そして大虐殺が始まった その2
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第18回:サンドクリーク後 その1
第19回:サイラス大尉 その1

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