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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第584回:自分で性別を選べる時代

更新日2018/11/01



またまた、私の生徒さんのことです。20~30年前には決して有り得ないことでしたが、この5、6年、生徒さんの中に性同一障害の人が現れてきました。授業のはじめに簡単なアンケートを生徒さんに書いて貰うことになっています。日本語の授業なら、すでに高校で日本語の授業を受けてきたか、それはどの程度、日常会話ができる程度か、ひらがな、カタカナを書くことができ、漢字をいくつくらい書けるか、その他、授業中に突然教室を離れなければならない特殊な病気を持っているか、などで、ただ授業をスムーズに進めるための予備知識を持つためです。

その中に、他の先生たちからの忠告を受け入れ、自分をどちらの性別で、彼、彼女、どっちで呼んで貰いたいかという欄を設けました。というのは、いったい男か女か判別できない生徒さんが、最近チョイチョイ出てきたからです。

大学の事務局から回ってくる名簿には、“ジェシカ”と女性の名前で登録されているのですが、彼女は“ジェシー”と男性名で呼ぶようにアンケートに書いている生徒さんがいました。事務室に“ジェシカ・ジェシー”を呼んで訊いたところ、“ジェシカ”は女性として育てられてきたが、何か他の女の子と違和感を持ち始め、自分の中に男性を感じるようになり、大学への入学と同時に、自分は男性として生きることに決めたと言うのです。

そこで、自分を男性名の“ジェシー”に変え、“彼”と呼んでくれというのです。“ジェシー”はなるほど男の子の格好、服装、ヘアスタイルをしていますが、ほっそりとした骨格、華奢な手、繊細な美少女的な顔など、どこから見ても女性なのです。

本人が男だと言うなら、私に異論はなく、それでヨシと、教室で指名する時は“ジェシー”と男性名で呼んでいます。似たような例が、今学期3人もいました。

アメリカでは、大学だけでなく、公共の建物のトイレは、車椅子で出入りできるように作られていなければなりません。それに加えて、現在、ユニセックスのトイレも必ず設置されるようになってきました。トイレ事情も複雑になってきたのです。

いったい、彼ら、彼女らは日本の銭湯や温泉でどちらに入るのでしょうか? 銭湯や温泉に、ユニセックス専用の湯船を作ることなど、ハナからできない相談でしょうね。

性同一障害の人だけでなく、同性愛の人は、自分の体と心が相反する性を持ったことで、普通人には想像できない悩みを抱えているのは間違いありません。黒人でゲイのスティーブン君も、何度か自殺を試み、精神病院にも入院しました。アメリカ語で同性愛の人を呼ぶ、蔑称“queer”とか“fag”は未だに普通に使われているのです。

最近、やっと同性愛が社会的に認められ、性同一障害が生まれついたヤマイ(病気)であることも知られてきました。

ハーヴァード大学とジョン・ホプキンス大学が共同で行った大掛かりな調査(76万3,000人の学生対象とした)によれば、合衆国連邦政府が同性の結婚を認めてから、2015年までに、若者の自殺が14%も減少したとあります。まだ、半数近くの州では同性の結婚を認めていませんが、それにしても、それまで多くの若者(この調査では10歳から24歳まで)が、あいつはゲイだ、ホモだと蔑まれ、自殺に追い込まれていたのです。マッチョ社会のアメリカでは、「あいつは”Fag”だ!」と名指しされることは最悪のことで、これ以下の蔑称は有り得ない呼び方なのです。 

やっと、LGBTQ*1を社会的に認めようという運動が浸透してきて、逆に誇りを持って、「私はゲイだ」、「私は性同一障害者だ」と公言できるようになってきました。ちょっと極端に言えば、“自分が生まれた時に持っていたセックス、性を、後で自分が選んだジェンダー、性に変えることが可能になった”のです。

本当に、肉体と精神が男女別々の方向を向いているなら、それは本人にとって大きな悲劇です。しかし、私の生徒さんのように、性同一障害で、急に女性が男性になったり、男性だった人が女性になったりするのを見ていると、よく言えば、自分の自己同一性を求めてジェンダーを変えているのではなく、ただ、性を選べる自由があるので、彼らはユニークであろうとして、他の人とは違った存在であろうとしているようにも見受けられるのです。

これは本人の意識の問題ですから、外側からの見た目だけでは判断できないのは承知の上ですが、途中でジェンダー、性を変えた生徒さんのいったい何人が、一旦取り替えた“性別”で生き続けられるのか興味があるところです。 

自分がジェンダーを選べることは素晴らしいことだと思う気持ちと、自然が与えた性別を様々な障害があるにしろ、そのまま生きるべきではないか、という気持ちも私のどこかに残っているのですが…。

-…つづく

 

*1:LGBTQ:レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(生まれた性と異なる性で生きる人)、クエスチョニング(性自認や性的指向を定めない人)の頭文字をとっている。Qは性的少数者の総称を表す「クィア」という意味でも使われている。 (2018-10-15 朝日新聞)

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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