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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第68回:イビサの合気道 その1

更新日2019/05/16

 

イビサの中心街からトンネルを抜け、ロスモリーノス地区に出たすぐ右側に4階建てのピソ、日本流に言えばマンションがあり、その1階が道場になっていた。真ん中に柱がある上、ひどく狭く、天井が低い道場で、これじゃとてもたくさんの生徒を集め、経営的に成り立たせることができないのでは…と思わせた。

ところが、私の素人観測をよそに、柔道、空手、合気道を週に各2回、加えて早い時間に子供の柔道クラス、どこからどう学んで創造したのか、忍者クラスまで設け、潰れないどころか盛況を呈していた。

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子供の合気道クラス(イメージ写真)

この道場は一人のオーナー、師範が経営しているのではなく、地元の住人、生徒が寄り合って共同で管理していた。中に会計士、弁護士、旅行業者、ホテルのオーナー、警察官などもいて、理事会というのか、世話役参事が方針を決め、経営していた。

柔道はパルマ・デ・マジョルカから若い日本人の指導者を招聘した。その師範の歓迎パーティーでイビサの生徒さんたち、大いに飲み、スペイン語の分からない師範を置き去りにするようにチステ(chiste;小話、笑い話)を披露し、盛り上がった。が、次の日、その師範はマジョルカに帰ってしまったのだ。師範を全く尊敬しない酔っ払いグループなんか相手にできるか…というところだろうか。イビサ柔道グループも、チトやりすぎた、騒ぎすぎたと反省していた。

しばらくして、日本人の師範ほどネームバリューはないが、柔道の有段者であるクラウスというドイツの若者がイビサにヴァカンスに来て、島に住めるならと居続け、教えていた。彼は柔道よりも躾、礼儀に重点を置いているようだった。とりわけ手のつけられないガキどもを厳しく律し、道場に入る時には全員、柔道着をきちんと着付け、時間を厳守しなければならない。しかも整列して道場に入り、所定の位置で正座し、深く頭を下げ、先生に挨拶をさせるのだった。

子供たちのクラスは、母親が我が子を連れて道場まで来て、窓ガラス越しに我が子の柔道着姿、訓練風景を覗き見ている。クラウスはスペイン語も達者で、子供たちを容赦なく叱り付け、子供たちもクラウスの言うことを忠実に実行しようとしていた。この柔道というか、礼儀、躾クラスが効を奏して、子供柔道クラスは大盛況になり、クラスを二つに分けなければならないほどだった。

空手と合気道はというと、およそ相反する武道なのだが、両方とも、通常はベルギー人のマルセルが中心になってやっていた。年に何度か偉い先生、師範を呼び、特別講習会を開いていた。ヨーロッパ人の間では、イビサは知名度が高く、呼びやすい魅力的な場所なのだ。おまけに道場の理事役に旅行業者、ホテルの持ち主、レストランのオーナーなどがいたから、顎、足付きで呼んでもそれほど費用がかからないという事情があったのかもしれない。

空手の先生は、元ヨーロッパ・チャンピオンとか世界選手権何位とかいう高段者を年に2、3度呼んでいた。その生徒たちが、“日本人がやっているカフェがある”と、『カサ・デ・バンブー』に師範を連れてくる…のはありがたいのだが、その師範がなんだかシャチホコばって、頭を下げ挨拶してくるのには、私の方がテレてしまうのだった。

私はそのような武道を全く知らず、高校の体育の時間、柔道をやらされただけで、日本人としては失格の態だった。だが、高段者のフランス人師範は、私のアパートに滞在するようにさえなってしまった。

秋口、身体の引き締まったイギリス女性が『カサ・デ・バンブー』にやってきて、休暇でイビサに来ているが、カラダが鈍ってしょうがない、時間の空いている時でいいから柔道の相手をしてもらえないか…と言ってきたのだった。

誰かが、アイツは日本人だから柔道くらいできるのではないかと、無責任なことを彼女に吹き込んだようなのだ。聞くと、彼女は2年だか3年続けてヨーロッパ・チャンピオンになり、その年の選手権に向けて身体を造っておきたいことのようだった。とてもスッキリ、アッサリとした魅力的な女性だったから、柔道以外のお手合わせなら…と夢想したが、当方としては柔道の練習台になるのをご辞退するのに一汗どころか、汗だくだった。

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津田逸夫氏の合気道指南書(クリックで顔写真)

『カサ・デ・バンブー』を一番ひいきにしてくれたのは合気道グループだった。週2回の練習の後に6、7人連れ添って寄ってくれたし、年に一度、パリから大先生のツダ先生夫妻が来た時には毎晩のように来てくれた。ツダ(津田と書くのだろうか?)先生は、その時60歳は遠の昔に越しておられたと思う。

フランスに長く、合気道に関する本を数冊フランス語で書き、出版していた。彼の著作は合気道の仲間では聖書並みの扱いで、合気道を通じてフランス語を学ぼうとしているかのようだった。レストラン『サン・テルモ』のイヴォンヌも、自身は合気道を全くやらないのに、これほど深い感銘を受けた本は他にない…とまで言っていた。

ツダ先生がイビサに毎年来ていたのは、もちろん合気道を教えるためだが、彼の本をスペイン語に翻訳する行程があったからだ。翻訳はモニークが受け持った。モニークの旦那さんはデンボッサ海岸に大きなホテルを持つイビサの財閥だった。

語学の天才としか思えない人間がいるものだが、モニークもそんなタイプで、フランス語、英語、ドイツ語、スペイン語、アラブ語、カタラン語、イビサ語を流暢に話した。私が日本からきた友人と話しているのを聞き、意味は分からないまま、その場で真似るのだった。彼女は黒澤明の映画を観た後、一本調子の三船の話し方を呆れるほど上手に真似、笑わせた。

彼女自身が言うように、「私の脳みそで、上手く働いてくれるのはコトバだけなの、他は全くダメ…」と言っていたが、それだけ抜きん出た言語能力持っているだけでも大変なことだとうらやましく思ったことだ。彼女は口真似だけでなく、読み書きも達者だった。 

ツダ先生の本を訳するのも、「フランス語からスペイン語への翻訳は、同じ言語グループだから簡単よ…」とは言っていた。何度か、禅、武士道、神道について原稿を抱えてきて、尋ねられたが、私にはそのようなことを的確に答える資質を持ち合わせていないし、スペイン語にこんなに私が知らない単語があったのかと、自ら嘆かわしくなるばかりで、全く役に立てなかった。

-…つづく

 

 

第69回:イビサの合気道 その2

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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