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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第69回:イビサの合気道 その2

更新日2019/05/23

 

ツダ先生に対するイビサ合気道仲間の信頼、尊敬は、ほとんど崇拝と呼びたくなるほどのものだった。ツダ先生は確かにそれに値する人物だったのだろう。

ツダ先生ご自身は、常に自然体で、ゆったりと動き、私に対しても、人生の甘い、辛いを知り尽くし、山村に棲む古老か仙人が、下界の人を相手にでもするように、ゆっくりと低い声で丁寧語を使って話すのだった。

御付きのグループとテーブルを囲んでいる時も、ツダ先生は口数が少なく、それでいて周囲の会話はよく聞いておられる様子だった。私は『カサ・デ・バンブー』へやってきたツダ先生しか知らないのだが、10人以上の合気道グループの会話はフランス語で、ツダ先生の日本人の奥さんと、パリから先生に同行してきた御付きの数人が取り仕切っている様子だった。

私はツダ先生の著作を読んだこともなく、合気道の講習を受けたこともないのだが、彼が意識せずに体の中から放っている“気”のようなものを時折感じたのだった。“気”などというと、何やらオカルト的で、科学的ならざるもののように思われるが、修行を積んだ宗教人にとっては至極当たり前に持ちうるものなのかもしれない。人はそれを“オーラ”と呼ぶのだろうか。

イビサの合気道グループは、ツダ先生が放つ自然体の”気“を各自が受け、感じ取っていたのだろう。このような合気道仲間がツダ先生に持っている傾倒、敬愛は、空手や柔道の世界チャンピオンがやって来ても生まれなかった。空手や柔道の場合は、技術屋が来て、高度の最新、最高のテクニックを教えただけだったのだろうか。それはそれで大変なことなのだが、ツダ先生が醸し出す宗教的なまでの恭敬はなかったと思う。

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合気道家・哲学者、津田逸夫(1914-1984年)
École Itsuo Tsuda(津田逸夫学校)

一度だけ、『カサ・デ・バンブー』の真下にあるゴロタ石の海岸を散歩しているツダ先生に出会ったことがある。私は店を開く前にその界隈を散策するといえば聞こえはいいが、ただウロウロし、手ごろな石を海に向かって投げたり、城砦のある丘に登ったりするだけなのだが、そんな習慣だった。

ツダ先生と奥さんが御付きの人たちを連れずに二人だけでいるのに正面から出合ったのだ。 「おはようございます」と少し丁寧に頭を下げて挨拶したところ、先生の方もこちらが恥じ入るほど、さらに丁寧に挨拶を返された。奥さんの方は、日本語が自由に話せる相手がやっと見つかり、堰を切ったように取り止めもないことをしゃべり始め、私の方がどうやって彼女のおしゃべりから逃れようかと思案し始めたのを見透かすように、ツダ先生、「彼は忙しいのだから、お前のおしゃべりもいい加減にしなさい」と、ピシャリと奥さんの口を封じたのだ。教祖のような先生が奥さんのおしゃべりにいつも悩まされいる情景が浮かび、おかしかった。カカア天下のクサンティッペに対する哲人ソクラテスを思わせた。

イビサ合気道グループのツダ先生への心酔ぶりは大変なものだった。モニークのスペイン語訳の書籍もでき上がり、バルセロナの出版社から出版された。私にイビサへの窓を開いてくれたペペとカルメン、当初は若いカップルとして同棲、そしてデキチャッタ婚をしたが、まだ、赤ちゃんが生まれる前に日本まで合気道修行に出かけ、滞在したほどだった。ペペの従姉妹のリナと恋人のリトもぺぺとカルメンに続けとばかり、日本に行った。

せいぜい3ヵ月程度の滞在で、何ほどのことを学べるものか…と思うのは門外漢の言うことで、彼らはそれぞれに合気道を通じて日本を知り、感慨を持って帰ってきた。そして、膨大な量の合気道のビデオテープを持ち帰ってきた。私もこんな古い映像が残っていたのかと感心するほどのもので、合気道の開祖、ウエシバ先生(植芝盛平;1883-1969年)のフィルムもあった。イビサ合気道グループは、チョットした“合気道、図書館、情報センター”を持つことになったのだ。

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ペペは極真空手のデモをビデオで観たのだろうか?

そんな古い映像で見たのだろう、なんと“真剣白刃取り”のデモンストレーションをオープンしたばかりのカジノのホールで行った。ツダ先生がいれば、そんなショー的なデモを嫌ったと思うのだが、彼ら、イビサ合気道グループは、“真剣白刃取り”を合気道デモンストレーションにシメとしてやったのだ。

どこで手に入れたのか日本刀をかざすのはイグナシオ、白刃を受けるのはペペの役だった。重い日本刀を振り回すこと自体、相当修練を積んでいないとできることではないと思うのだが、木刀で型を習っただけのイグナシオは、真剣を持った時からアガリ気味なのが見て取れた。一方の“役者”、受け役のペペの方は冷静だった。

イグナシオが及び腰で打ち込んだ真剣をペペがハッシと両の手で挟むように受け、捻りイグナシオの手から刀を奪い、落とすはずだが、刀を受け、捻りを入れたぺぺの手から大量の血が流れ出し、腕を濡らし、胴衣や顔まで飛び散ったのだ。

観衆はワーッと叫び、半ば総立ちになった。私の近くの席に座っていた市役所のお役人は、「ありゃ、オモチャでなく、本当の刀だったんだ、それにしてもよく切れるな~」と奇妙なことに感心していた。

ペペは救急車で運ばれ、右手を十何針か縫い、グルグル巻きの手になって病院から出てきた。親指が落ちなかっただけ幸いだった。

Cabezota(カベソタ;石頭、頑固者)の純然たるペペは、顔を真っ青にしながら、「これで、観にきた人たちは、俺たちが本気で、命を賭けて合気道に取り組んでいることが分かっただろう…」と愚にもつかぬ言い訳をしていた。

それ以降、“真剣白刃取り”の実演はやっていない。

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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