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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第125回:イビサのティーンエイジャー

更新日2020/07/09

 

バカンスにやってくる北欧人、イギリス人、ドイツ人が、フランコ時代のスペインに、カトリックが締め付けていたモラルとは違う性の感覚、概念を持ち込んできた。私がスペインに関わり、なし崩し的にイビサに棲み始めたのが、丁度フランコ総統の死を挟み、劇的といってよいほどスペインが変っていった時期だった。その中でも、フランコ時代からイビサは外国人の居住者が多かったから、当然、強い影響を早くから受けてきた。イビサには、一種スペイン外の小国の様相があったと思う。

スペインの若者が、その影響を受けないはずがない。

セマナ・サンタ(イースター、通常3月終わりから4月初めになる)を期に観光シーズンの幕開けになるが、その後、本格的な夏場のハイシーズンになるまでは客足は落ち込む。太陽は燦燦と降り注ではいるが、まだ海は冷たく、寒さに強い北欧人でもない限り、海に飛び込み泳ぐ水温ではない。『カサ・デ・バンブー』も、イビサに別荘を持つ常連以外の避暑客はほとんど現れず、暇な時期になる。

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アパート下のゴロタ石の海岸

私のアパートの下にあるゴロタ石のビーチにも、崖下の湾にも人影が途絶え、時折犬を散歩に連れた人が城砦の岩山から降りてくる程度の閑散としたところになる。

私が住んでいたアパートは南に開けたテラスがあり、春から夏にかけては大きなフレンチドアは開け放しにして寝ていた。小石の浜に打ち寄せるリズミカルな波の音が24時間耳朶を打ち、それに混じって人声も飛び込んでくるのだった。

この春から夏にかけて、このビーチにやって来るのはどこかの宗教グループがやおら思い立ったように行うミサや膝まで海に浸かってやる洗礼の参列者くらいのものだった。日曜日の朝など、朝日の昇る海を見ながらミサが行われていた。坊さんというのは良く響く声の持ち主でなければ勤まらないな…と奇妙な感心をしたことだ。

ある朝、と言っても『カサ・デ・バンブー』を開ける時間前だったから、午前10時前後だったと思う、少年少女たちがリズムをとるように「ベンガ・ジャ(Venga ya !)、ベンガ・ジャ」(さあ、こい!、ぐずぐずするな…)と囃し立ている嬌声が聞こえてきた。普段波の打ち寄せる音以外聞こえない静かなところだから、何事が始まったのかと、テラスに出て眼下の湾を覗き込んだところ、十数人の10代の少年、少女が半円形を作り、その中心に仰向けの少女、彼女に覆いかぶさるように裸の少年の真っ白い尻があったのだ。仲間が取り囲み囃し立てる中で、二人がセックスをしていたのだ。

面長な美しい顔をした少女がAだった。彼女は私の極親しい友人の妹だった。Aはおそらく12、13歳で、15歳にはなっていなかったと思う。まだ少女少女した体つきで、女性的な肉のつく前の細い体つき、眼を合わせるとはにかむように微笑む内気な少女だった。

Aは無表情で灰色の目をクッキリと開き空を見ていた。私はまずいものを見てしまったと、すぐにテラスから身を引いた。ほんの2、3秒のことだから、まさかAが私に気づくはずはないと思ったのだ。彼らのリズミカルな歓声は10分も続いただろうか、それから大歓声が上がり、少年、少女たちはテンデバラバラに何事もなかったかのように、軍事病院の方へと緩やかな坂を上って行った。

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目の前の海岸でウインドサーフィンの練習が日課になった

その当事、私はウンドサーフィンを購入し、早朝の1、2時間練習していた。まだとても人に教えるレベルでなく、海面が滑らかで、そよ風の時にという条件付きで、どうにか快調に水面を滑らせることができるようになったばかりだった。ジャイブやタックも数度に1回は失敗し、海に落ちる始末だった。

そこへAがはにかむようにやってきて、ウインドサーフィンを教えてくれないか…と言ってきたのだった。私は、彼女がウインドサーフィンを貸してくれ、使いたいだけだと理解し、気楽に、「ああ、いいよ」とばかり、セールをセットし、2、3の注意だけ伝えた。陸に引き上げる時はセンターボード、テールフィンを壊さないために引き上げること、万が一風に流されたら、セールやリグをボードに載せ、腹ばいになって手漕ぎで帰ってくること、などなど。そして、ウインドサーフィンを海岸から押し出したのだった。

ウインドサーフィンは海に浸かった重いセールとリグ(マスト、ブーム)を不安定にグラグラ揺れ動くボードの上に立ち、引き上げるまでが第一歩で、その過程でまず何十回、否人によっては何百回となく海に落ちる。どうにかリグ、セールを引き上げても、風の方向を掴み、セールに風を孕ませる感覚を掴むようになるまでが大変で、初心者は大いに笑わわれることを覚悟しなければならない。

Aは全く初めてウインドサーフィンに乗ったようだった。何度もボードから落ち、這い登り、次第にフィゲレータスの方に流され始めた。若いから、すぐにもコツを掴み、そうでなければリグをボードに載せ、腹ばいになり、手漕ぎで帰ってくるだろうと楽観していた。

その日は弱い南東のそよ風が吹き、危険はないと思っていたのだ。1時間も経ってからだろうか、Aもサーフボードも見当たらず、望遠鏡を持ち出し、芥子粒ほどのAをフィゲレータス(Figueretas)よりもはるか遠いデンボッサ海岸(Playa D'en Bossa)の沖の水平線に彼女を見つけたのだった。

私はベスパを駆り、ともかくデンボッサ海岸まで行き、そこからフィンを履き、A目掛けて懸命に泳いだのだった。Aはサーフボードに跨り、なすすべもなく悄然としていた。私がボードに辿り着き、「どうだ、十分ウィンドサーフィンを楽しんだか? さーてと、ロスモリーノスに帰れるかな? そうでなければ、二人で流れ着いたどっかの島でロビンソン・クルーソーかブルー・ラグーン(当時、人気、話題の映画名)だなぁ」とか言った時、Aが「チャント、教えてくれると思っていたのに…」と泣いているのに気が付いた。 

私はAをボードの後方に腹ばいに乗せ、どうにかサーフボードを操り、ロスモリーノスへ引き返したのだった。アパート下のビーチに着いた時、ギュンターをはじめ、『カサ・デ・バンブー』の常連ども、カルメン叔母さん、アントニアなどが、盛大に帰還を祝ってくれたのだった。

それから、Aを私のアパートでシャワーを使わせ、私はもう強くなった日差しの中、歩いてデンボッサ海岸へ行き、ベスパを回収したのだった。『カサ・デ・バンブー』に帰った時にはすでにAはいなかった。

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Playa D'en Bossa(デンボッサ海岸)

その何日後だったか思い出せないのだが、店を閉め、シャワーを浴び、ベッドで音楽を聴きながら本を読んでいたところ、遠慮がちな静かにドアをノックする音が聞こえ、こんな時にだけ奇妙に勇み立つボクサー犬アリストが大きく吼えたのだった。ドアの外にはAが立っていた。

「もう遅くなってしまったから、ここに泊めてくれる?」と言うのだ。ベッドがもう一つあったし、大勢の居候が寝泊りしてたこともあるので、マットレス、シーツも随分余分にあったから、気楽に、「アア、良いよ…」とほとんど言いかけた時、Aは灰色の潤んだ目を向け、「私を、抱いてくれる…」と呟いたのだ。私は一挙にドギマギしてしまい、なすすべを知らなかった。Aはまだ女性の体つきにすらなっていない少女なのだ。

どう説得したかもう思い出せないのだが、ともかく彼女をベスパの後ろに乗せ、カンポ(田舎)の彼女の家まで送って行った。Aは私にしがみ付くように両手を私の腹に回し、きつく絞め私の背中に体を押し付けていた。アパートに帰ってシャツを脱ぎ、またパジャマに取り替えた時、私のティーシャツが彼女の涙か鼻水で濡れているのに気が付いた。

Aが友達に囲まれ、はやし立てながら、アパートの真下でセックスしていた時、ほんの2、3秒だとはいえ、私が上から見たことに気がついていたのかどうかは分からない。Aはほんの一時の出来心で、私に関心を寄せただけなのだろう。私は全身でぶつかってくるような、少女の愛情表現にどう対処したものか見当もつかなかった。

その後、Aは『カサ・デ・バンブー』に顔を出すこともなく、ウインドサーフィンを教えてくれとも言ってこなかった。

私も、彼女のことを書くのを大いにためらった。
今まで誰にもAのことを語ったことはなかったが、Aが相当年上のコンピューター・プログラマーと結婚し、二人の子供を授かったと知った。Aのことはもう40、50年も前のことではあるし、すでに水に流された小さな事件として書く気になった。これを書く前に、朋友にこのことを打ち明けるように語ったところ、「お前は本当にダメなヤツだな、どんな少女でも必ず成熟した女になるんだぞ、持ち駒は多ければ多いほど良いもんだ…」と、大いにバカにされた。

しかし、私には我が朋友のような才覚が備わっておらず、まだ少女少女していたAに全くセックスアピールを感じなかったし、一個の女性として感応するところがなかったのだ。


 

 

第126回:鉄工所のフォアン叔父さん

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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