第437回:流行り歌に寄せて No.237 「男と女のお話」~昭和45年(1970年)
「恋愛って、男と女って、いったい何なんだろう」と、ちょうど考え始めていた時期に出会った作品だった気がする。
中学3年生になりたて。高校受験を控えて、学習塾ではかなりタイトなスケジュールを組んできて、毎日、学校の授業が終わると、あわてて市電(路面電車)に乗って塾へ通っていた。
日曜日は、往復3時間かけて、その学習塾の分校のような場所で、一日中「日曜教室」で絞られた。
そんな中でも、クラスに胸をときめかせる女の子を見つけてしまう。今考えれば、そんな中だからこそ、ということかも知れない。
胸をドキドキさせながら、公衆電話のボックスに入っておもむろにダイヤルを回す。ダイヤルが回り戻る時間がじれったく、もどかしい思いになる。呼び出し音が始まると、再び胸の鼓動が高まり、相手が出た瞬間は、喉がとても渇いていて、すぐに言葉が出ない。というような、誰にでもある経験をしていた。
市内であれば、今まで10円玉一つでずっとかけ続けられていた公衆電話が、この年の1月から10円では3分間しか話せなくなっていた。そのため、10円玉を10枚ほど握りしめてボックスに入るのだが、相手の女の子の受け答えが素気なく、2枚あれば充分だった。
そして、ある日焦る気持ちが嵩じた私が、電話口で礼を逸した言葉を吐いたために、こっぴどく怒られてしまい、次の日から10円玉を用意する必要がなくなったのである。
完全にふられてしまった私は、さすがに大きく傷つき、自分の拙さを呪っていた。
「恋人にふられたの よくある話じゃないか」
まだ、私の場合はまったく恋人と言えるような間柄ではなかった。けれども、ふられるということがよくある話だという歌詞には、少し救われる思いがしたのだと思う。
当時の私は、もう少し詞の中身が聴きたくて、この曲を何度か聞き返した。しかし、その内容に、かなりがっかりしてしまった。
世の中が変わるから人の心も変わる、というのは随分いい加減で、安易な考え方だと思った。淋しいなら自分が付き合ってもいいとか、恋はオシャレなゲームだとか、まったくチャラチャラしている。
男性に振られたばかりの女性に巧妙に言い寄る、実に軽薄な男だとしか思えなかったのである。自分は礼を逸する言葉を吐いた人間だが、将来こういう男にだけはなるまいと心に決めた。
ところが、それから数十年か経つと、この男の心情もわかるようになってしまうのだから、歳を取るということは、良いことなのかそうでないのかは、よくわからない。
この男も、実のところ、ふられた人間の気持ちが痛いほどわかっていたのだ。ベッドで泣いていると涙が耳に入るなど、子どもの頃の経験かも知れないが、なかなか思いつくことではない。
彼女に話しかけているのだが、実は自分にも言い聞かせている言葉なのだろう。そして、決してスマートに、気ままに生きていくことができない自分を知っているに違いない。そんなふうに、考えてしまうのだ。
ところで、1番から4番までが男が女に語りかけるスタイルをとっているのに対し、5番の歌詞は、どこか俯瞰で見ているような感じがする。おそらく、この二人が一夜を共にした後の光景なのだろう。
「男と女のお話」 久仁京介:作詞 水島正和:作曲 近藤進:編曲 日吉ミミ:歌
恋人に ふられたの
よくある話じゃないか
世の中かわって いるんだよ
人の心も かわるのさ
淋しいなら この僕が
つきあってあげてもいいよ
涙なんかを みせるなよ
恋はオシャレな ゲームだよ
ベッドで 泣いてると
涙が耳に入るよ
むかしを忘れて しまうには
素敵な恋を することさ
スマートに 恋をして
気ままに暮らして行けよ
悪い女と 言われても
それでいいのさ 恋なんて
男と 女が
ため息ついているよ
夜が終われば さようならの
はかない恋の くりかえし
日吉ミミは、昭和42年に「池和子」という芸名で『涙の演歌船』という曲でレコードデビューし、その後2枚のシングルを出すがヒットには恵まれなかった。
その後、日吉ミミと名前を変えて、2枚目に出されたのが、今回の『男と女のお話』だった。累計の売上は60万枚を超える大ヒットとなり、この年の第21回NHK紅白歌合戦に出場している。
これは、江利チエミの出場辞退による代替出場だったが、どんな形であれ、彼女は紅白出場歌手の仲間入りを果たしたのである。これは、私たちが考える以上に大きなことだと思う。
気だるく、投げやりな歌唱。それは、どちらかと言えば低音でハスキーなものが多いのだが、彼女の声はかなりの高音、引っ張るような声質で、これがいつまでも聴く人の耳に残った。
作詞家の久仁京介は、昭和42年、黒沢明とロス・プリモスの『東京ロマン』で作詞家デビューをし、北島三郎、森進一、五木ひろし、石川さゆり、藤あや子などに詞を提供している。平成27年に、島津亜矢の『独楽』で、第48回日本作詩大賞・大賞を受賞している。
作曲家の水島正和は『黄色いシャツ』など、元々青春歌謡を歌っていた歌手だった。作曲家に転向後、久仁京介と組んで黒沢明とロス・プリモスの『夜のブルース』など数曲、また他の作詞家と松島アキラ、平浩二などに曲を提供している。
編曲の近藤進は、私の知っている曲では、三善英史の『円山・花町・母の街』の編曲を手掛けている。最初に琴の音から始まるアレンジは印象的だった。この『男と女のお話』はギターのアルペジオから始まる。
日吉ミミの次の曲は、橋本淳の作詩、中村泰士の作曲と、売れっ子の作家によって作られた『男と女の数え唄』だった。味わい深い曲で、オリコン・チャ=ト最高15位のスマッシュヒットにはなったが、大きなヒットになることはなかった。
第438回:流行り歌に寄せて No.238 「一度だけなら」~昭和45年(1970年)
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