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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
 

第437回:流行り歌に寄せて No.237 「男と女のお話」~昭和45年(1970年)

更新日2022/01/27


「恋愛って、男と女って、いったい何なんだろう」と、ちょうど考え始めていた時期に出会った作品だった気がする。

中学3年生になりたて。高校受験を控えて、学習塾ではかなりタイトなスケジュールを組んできて、毎日、学校の授業が終わると、あわてて市電(路面電車)に乗って塾へ通っていた。

日曜日は、往復3時間かけて、その学習塾の分校のような場所で、一日中「日曜教室」で絞られた。

そんな中でも、クラスに胸をときめかせる女の子を見つけてしまう。今考えれば、そんな中だからこそ、ということかも知れない。

胸をドキドキさせながら、公衆電話のボックスに入っておもむろにダイヤルを回す。ダイヤルが回り戻る時間がじれったく、もどかしい思いになる。呼び出し音が始まると、再び胸の鼓動が高まり、相手が出た瞬間は、喉がとても渇いていて、すぐに言葉が出ない。というような、誰にでもある経験をしていた。

市内であれば、今まで10円玉一つでずっとかけ続けられていた公衆電話が、この年の1月から10円では3分間しか話せなくなっていた。そのため、10円玉を10枚ほど握りしめてボックスに入るのだが、相手の女の子の受け答えが素気なく、2枚あれば充分だった。

そして、ある日焦る気持ちが嵩じた私が、電話口で礼を逸した言葉を吐いたために、こっぴどく怒られてしまい、次の日から10円玉を用意する必要がなくなったのである。

完全にふられてしまった私は、さすがに大きく傷つき、自分の拙さを呪っていた。

「恋人にふられたの よくある話じゃないか」
まだ、私の場合はまったく恋人と言えるような間柄ではなかった。けれども、ふられるということがよくある話だという歌詞には、少し救われる思いがしたのだと思う。

当時の私は、もう少し詞の中身が聴きたくて、この曲を何度か聞き返した。しかし、その内容に、かなりがっかりしてしまった。

世の中が変わるから人の心も変わる、というのは随分いい加減で、安易な考え方だと思った。淋しいなら自分が付き合ってもいいとか、恋はオシャレなゲームだとか、まったくチャラチャラしている。

男性に振られたばかりの女性に巧妙に言い寄る、実に軽薄な男だとしか思えなかったのである。自分は礼を逸する言葉を吐いた人間だが、将来こういう男にだけはなるまいと心に決めた。

ところが、それから数十年か経つと、この男の心情もわかるようになってしまうのだから、歳を取るということは、良いことなのかそうでないのかは、よくわからない。

この男も、実のところ、ふられた人間の気持ちが痛いほどわかっていたのだ。ベッドで泣いていると涙が耳に入るなど、子どもの頃の経験かも知れないが、なかなか思いつくことではない。

彼女に話しかけているのだが、実は自分にも言い聞かせている言葉なのだろう。そして、決してスマートに、気ままに生きていくことができない自分を知っているに違いない。そんなふうに、考えてしまうのだ。

ところで、1番から4番までが男が女に語りかけるスタイルをとっているのに対し、5番の歌詞は、どこか俯瞰で見ているような感じがする。おそらく、この二人が一夜を共にした後の光景なのだろう。


「男と女のお話」  久仁京介:作詞  水島正和:作曲  近藤進:編曲  日吉ミミ:歌


<歌詞削除>

 

 

日吉ミミは、昭和42年に「池和子」という芸名で『涙の演歌船』という曲でレコードデビューし、その後2枚のシングルを出すがヒットには恵まれなかった。

その後、日吉ミミと名前を変えて、2枚目に出されたのが、今回の『男と女のお話』だった。累計の売上は60万枚を超える大ヒットとなり、この年の第21回NHK紅白歌合戦に出場している。

これは、江利チエミの出場辞退による代替出場だったが、どんな形であれ、彼女は紅白出場歌手の仲間入りを果たしたのである。これは、私たちが考える以上に大きなことだと思う。

気だるく、投げやりな歌唱。それは、どちらかと言えば低音でハスキーなものが多いのだが、彼女の声はかなりの高音、引っ張るような声質で、これがいつまでも聴く人の耳に残った。

作詞家の久仁京介は、昭和42年、黒沢明とロス・プリモスの『東京ロマン』で作詞家デビューをし、北島三郎、森進一、五木ひろし、石川さゆり、藤あや子などに詞を提供している。平成27年に、島津亜矢の『独楽』で、第48回日本作詩大賞・大賞を受賞している。

作曲家の水島正和は『黄色いシャツ』など、元々青春歌謡を歌っていた歌手だった。作曲家に転向後、久仁京介と組んで黒沢明とロス・プリモスの『夜のブルース』など数曲、また他の作詞家と松島アキラ、平浩二などに曲を提供している。

編曲の近藤進は、私の知っている曲では、三善英史の『円山・花町・母の街』の編曲を手掛けている。最初に琴の音から始まるアレンジは印象的だった。この『男と女のお話』はギターのアルペジオから始まる。

日吉ミミの次の曲は、橋本淳の作詩、中村泰士の作曲と、売れっ子の作家によって作られた『男と女の数え唄』だった。味わい深い曲で、オリコン・チャ=ト最高15位のスマッシュヒットにはなったが、大きなヒットになることはなかった。

 


第438回:流行り歌に寄せて No.238 「一度だけなら」~昭和45年(1970年)


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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