サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ
谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵
第 8 歌 騎士たちとアンジェリーナのその後
第 1 話: 正気に戻ったルッジェロ
さて前回は、ブラダマンテが苦労して手に入れた、あらゆる魔法の力を消し去る指輪を、良き魔法使いメリッサから手渡され、ようやくもとの凛々しき騎士に戻ったルッジェロが、たちまち邪悪な魔女アルチーナの正体を見破ったところまでお話しいたしました。
それにしても、人間の世界はなんと邪悪な魔法や呪術に満ちていることでありましょう。嘘やペテンや策略や陰謀、こうした誰かをたぶらかそうという悪意や、そのための手練手管も考えてみれば呪術のたぐい。美味い話や甘言だって、あなたの心を手玉に取る魔法の一種。いかにアルチーナの魔力が並外れていたとは言え、凛々しき騎士ルッジェロでさえ、偽りの魅力に翻弄されて身を滅ぼすところだったのですから、誰だって、いつどこで何の拍子に奇妙な魔法にかかってしまうかわかりません。
とはいえありがたいことに、そのままではどうなったかわからないルッジェロを、良き魔法で邪悪な魔法から目を覚まさせてくれる人がいるのも事実。ルッジェロの場合、彼を救ったのは、突き詰めれば彼を想う清廉な乙女騎士ブラダマンテの愛。
ブラダマンテが手に入れた指輪と、ブラダマンテの思いを託された魔女メリッサの働きで我に返ったルッジェロ、もともと彼が持つ良き魔法の一つである理性の働きですっかり凛々しき騎士に戻り、愛馬ラビカンにまたがりさっさとアルチーナの領地を後にした。
そころが、その行く手に現れたのがアルチーナの領地を護る番人、獰猛な鷹を操る猟犬を連れ、馬に乗った奇妙な男。
男が馬を降りて犬と鷹をけしかければ、鋭い爪の鷹が激しい羽音を立ててラビカンの頭の周りを飛び回り、犬がルッジェロの足に噛みつこうとし、馬までもが後ろ足で蹴り上げようとする。ルッジェロは、相手が騎士ならともかく、こんな獣たちを相手に剣を抜いても仕方がないと思ったが、ふと、天馬の鞍にくくりつけてあった師匠アトランテが発明した魔法の盾のことを思い出し、その威力を試すべく、盾を覆っていた布を取った。効果はてき面。男も馬も犬も鷹も、閃光で目をやられてたちまちみんな失神してしまったのだった。
こうして凛々しき騎士ルッジェロは先へと進み、それを見て怒り狂ったアルチーナは、手下を全員連れてルッジェロを追い、残されたマーリンの霊を守る良き魔法使いメリッサは彼女の魔術を総動員して、木々や獣に姿を変えられた人たちを元の姿に戻すと、アトランテの馬に乗り、ルッジェロよりも早く、清らかな乙女ロジスティーラの居場所に向かって馬を飛ばした。
同じくルッジェロも馬を進めたが、しかし途中で道に迷い、山を登り谷を下りなどするうちに燃えるたぎる太陽が砂を焦がす海辺に出た。あまりの暑さにルッジェロは疲労困憊。しかも塩水はあっても喉の渇きを癒す真水はなく、こんなことなら天馬を手放すのではなかったと後悔しながらルッジェロは、喉の渇きに苦しみながら、とにもかくにも馬を進めた。
さてルッジェロには、もう少し苦難に耐えていただくとして、気がかりなのは、スコットランドに行ってしまったリナルドやアンジェリーカのこと。
次回は、そのリナルドについてお話しすることにいたしましょう。
-…つづく