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■ドレの『狂乱のオルランド』~物語の宝庫、あらゆる騎士物語の源


更新日2024/04/04 




ドレの『狂乱のオルランド』 


サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ


谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵


 

第 8 歌  騎士たちとアンジェリーナのその後


第 2 話: その後のリナルドとアンジェリーカ

 

さてスコットランドに行ってしまった剛勇リナルドが、第6歌で、絶体絶命の窮地にあったギネヴィア姫の命を救い、スコットランドの王から大いに感謝されたところまではお話しいたしましたが、リナルドがイングランドに来たのは、わけがあり、実は、サラセンの部隊に攻め込まれてパリにまで逃れているシャルル大帝からイングランドからの援軍を頼まれて海を渡ったのです、それが私の本来の使命です、とリナルドが告げると、王はそのような事情があったにも関わらず、国と姫の窮状を救ってくれたことに感謝し、快くリナルドのために、すぐに勇敢な騎士たちや軍船の手配をさせた。

こうしてリナルドは早速、王が自分のために用意してくれた船に乗ってイングランドに向かい、手練れの船乗りたちはたちまちテムズ川の河口にたどり着くと、リナルドをロンドンへと送り届けた。イングランドの王もまた快くシャルル大帝に援軍を送ることを約束し、彼と共にフランスへと進軍する準備を始めた。いろいろと騎士ならではの回り道はしたものの、どうやらリナルドは使命をなかば果たしつつあるようです。

では、相手のことが嫌いになる魔法の水を飲んだせいでリナルドが大嫌いにな理、闇雲に森の中に逃げ込んだ絶世の美女、麗しのアンンジェリーカはその後どうなったのでしょうか? 

第2話でお話ししましたように、アンジェリーカは森の中で、ラバに乗った隠者の格好をした老人、実は呪術師に出会ったのですが、その老人が一目見て、アンジェリーカのあまりの美しさに年甲斐もなく良からぬ妄想を抱き、運命を変える力を持つ書物で、アンジェリーカを探していたリナルドに別の人生の筋書きを与えてしまったのでした。


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つまり、リナルドをスコットランドくんだりまで追いやったりなどの突拍子も無い筋書きのすべては、何を隠そうこの呪術師が、邪魔者をどこかに追いやって、代わりに自分がこの美女と素敵な時を過ごそうという妄想を抱きそれを果たそうと目論んだせいでした。

とはいうもの、名だたる騎士たちから求愛され続けてきたアンジェリーカから見れば、この隠者はみすぼらしくも貧相なただの老いぼれ。リナルドが遠くに向かったのならもう用はなく、歩みののろい老いぼれたラバに乗る老人を置き去りにして、さっさと馬を進ませた。

それを見た呪術師は、それでも諦めず、今度は呪術で地獄の底から一匹の悪鬼を呼び出すと、その悪鬼をアンジェリーカの乗る馬の体の中に潜ませたのだった。それはもちろん、せっかく見つけた絶世の美女を、自分の思うところに連れていくため。そんなわけで悪鬼がアンジェリーカを乗せた馬の体内に入るやいなや、馬が一目散に駆け出した。


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その馬の速さときたらまるで疾風のよう。アンジェリーカは必死で手綱を握りしめて振り落とされぬようしがみついているのが精一杯。そのうち海辺に達した馬は、なんとそのまま海の中へと突き進み、さらに波を切って沖に向かってどんどん進む。こんなところで手綱を離せば溺れ死んでしまうのは明らか。ますます手綱を握りしめるアンジェリーカの薄衣は水に濡れ、美しい体の線も露わになれば、海の水や風さえもがアンジェリーカの美のとりこ。

そうこうするうちにやがて馬は、切り立った岩山に囲まれた小さな、人の気配など全くない砂浜に上陸した。すでに疲労困憊していたアンジェリーカは、前は海、周りは切り立った岩の壁という場所の怪しげな気配に恐ろしくなり、滑り落ちるようにして馬から降りるとそのまま岩陰に身を寄せて、運命のあまりのむごさに泣き崩れた。もちろんそこは、老いた呪術師が自らの不埒な欲望を遂げるために選んだ場所。


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やがて陽も暮れかかり、麗しの乙女がますます心細くなり、誰かにすがりたくなる頃を見計らって呪術師は、もう一匹の地獄から連れ出した空飛ぶ悪鬼に乗ってやってきた。この荒涼としたどこにも逃れようのない場所で、泣き崩れている絶世の美女に慰めの言葉をかけたりなどして想いを遂げようという悪どい魂胆。いやはや呪術師とはいえ、理性というもののカケラさえとっくに失くしてしまった老人の虚妄ほど怖いものはありません。


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さあ魔の手が忍び寄るアンジェリーカを待ち受ける運命やいかに。この続きは第8歌、第3話にて。


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…つづく

 

 

 back第8歌 騎士たちとアンジェリーナのその後  第3話:老呪術師の淫らな欲望

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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バックナンバー
第1歌  初めて歌われるオルランドの物語
 
第1話:アンジェリーカの逃亡
 第2話:騎士アルガリアの亡霊
 第3話:アンジェリーカとリナルド
第2歌  騎士たちの大冒険
 第1話:リナルドの大冒険
 
第2話:乙女騎士ブラダマンテ
 
第3話:天馬を操る騎士
第3歌 乙女騎士ブラダマンテの運命
 第1話:不思議な洞窟
 
第2話:魔法の知恵の書に記された運命
第4歌 魔法の指輪
 
第1話:天馬の騎士の正体
 
第2話:魔城の秘密
 
第3話:嵐に会ったルッジェロのその後
 第4話:ギネヴィア姫の危機
第5歌 邪悪な公爵
 第1話:悲鳴の主

 第2話:陰謀の顛末
第6歌 不思議な冒険
 第1話:謎の騎士の正体
 
第2話:不思議な島
 第3話:この世の天国
第7歌 邪悪な魔女アルチーナ
 第1話:妖艶な美女
 第2話:魔術にかかったルッジェロ
 第3話:正気に戻るルッジェロ
第8歌 騎士たちとアンジェリーナのその後 
 第1話:正気に戻ったルッジェロ


■更新予定日:隔週木曜日