第196回:日本の大学と国際化
もう5、6年前になりますが、客員教授として上智大学に籍を置いたことがあります。 上智大学はもともとイエズス会が主催していたカソリック系の大学ですが、今では宗教臭さはなく、逆に門を広く開け放した、開放的な素晴らしい大学でした。生徒さんも同僚の先生たちも親切で優秀な、とても働きやすいところでした。
この大学の特徴と言っても良いでしょうけど、外国人の先生がとてもたくさんいることです。元々、津田塾大学や国際基督教大学同様、外国語に力を入れてる大学ですから、スペイン語ならスペイン人、南米人などスペイン語を母国語にしている先生、ドイツ語、フランス語、英語も母国語の先生がたくさんいるのは当然のことかもしれませんし、当然外国人の扱いに慣れていると言ってよいかもしれません。
私はフルブライトから派遣された客員教授という立場でしたが、同じ時期に、同期生のように日本に来て全国の大学で教えている外国人の先生たちと何度か集まって食べたり飲んだりしながらお互いに他の日本の大学の情報交換をよくしました。
そして、他の大学には外国語の先生以外の外国人教授がほとんどいないことに気が付きました。私は言語学(言葉の科学のようなものです)を教え、英語を教えませんでしたが、それはとても珍しいことのようなのです。例えば、物理や生化学を教えるドイツ人、インド人、中国人教授がいてもおかしくないはずですが、ゼロに近いくらい少ないことに気が付きました。とりわけ、旧国立大学系には日本人と同じレベルの雇用契約を結んだ外国人の先生がほとんどいないのです。
外国からの先生はいわば看板娘かパンダの扱いで、1、2年いるだけで正規に雇用されることはまずありえません。
日本の大学は、徒弟制度のような閉ざされた階級社会だとよく言われています。風通しがとても悪いのです。教授になるには、助手から始まり、講師、準教授、教授と気の遠くなるような年月をその分野で勢力のある教授の下で過ごさなければならないのだそうです。
本来なら学問の世界なのですから、広い視野で、優れた業績の人材を集め、大学のレベルを高め研究するのが当然なのですが、どうも日本の多くの大学に官僚的な排他主義が根を降ろし、人的交流は極めて限られているようなのです。
私は数学がとても好きでした。数学を専門にしようかと高校の時、真剣に考えたほどです。
日本には和算というものがあり、その昔、関孝和という偉い数学者がいたことは知っていました。それだけでなく、幾何学では絵馬と呼ばれる公開問題があり、とてもユニークであるだけでなく、非常に高度な問題を一般に投げかけ、"どうだ誰かこの問題を解けるか"と、なんと江戸時代に庶民の間で盛んにやっていたと言われています。
これは、深川英俊先生(愛知県の東浦高校の先生でした)が掘り起こし、世界に知らせました。ですが、彼が書いた論文は日本の学界から全く無視されたそうです。偶然から、ミナソタ大学のダン・ペドー教授の目に留まり、カナダから『日本の幾何学、算額』として出版され、世界に17、8世紀の日本で、こんな高度な幾何学が発達していたことを知らせたのです。英語版が先に出て、あわてて日本語版が出て知られるようになったようです。
ここでは、日本の幾何学の伝統や面白さについてではなく、深川先生の研究が、日本の学界で全く受け入れられなかったことを指摘したかったのです。
日本の学界、大学は外国人だけでなく、日本人でも系列の外から入り込むのが不可能に近いくらい閉鎖性が強いのでしょう。もし、深川先生が存命しておられ、アメリカの大学に就職を希望したとすれば、引く手あまたの高給で迎える大学がたくさんあると思います。
現在、私が働いている大学は研究を主にする、学研的な有名大学ではありませんが、それにしても言語はすべてネイティブスピーカーの先生ですし、物理には南アフリカから、数学はインドから、美術は日本からと、教授陣の20%くらいは外国人で占められています。
思いつくままに並べてみますと、ドイツ人、スペイン人、日本人、フランス人、中国人、コスタリカ人、インド人、南アフリカ人、イギリス人、中国人、カナダ人がアメリカ人教授と同じ労働条件で働いています。
私もここでは古株になってきて、新しい先生を準教授扱い、教授扱いで採用する時、書類審査、面接などに狩り出されます。私より10倍くらい優れた研究者の採用審査委員になるのは妙な気分ですが…。
その際、性別、宗教、人種、国籍は全く問題にしません。反対に無視されます。業績、論文と出版、デモンストレーションとしてやってもらう授業の手法だけが、採用、不採用の対象になります。偉い先生の紹介とか、学会の長老格の推薦などが入り込む余地はありません。
また、面接や採用するかしないかの会議には、採用審査委員の他に必ず一人投票権のないオブザーバー、監視委員が立会い、採用のプロセスを監督します。性別、国籍、人種、宗教などが採用(不採用)の要素にならないように見張るのです。
日本の相撲界の方が、大学よりズーッと外国に対して拓けていると思います。どうも日本が出てくると、すぐに発想がお相撲に向いてしまいますがお許し下さい。現在、幕内力士47名のうち20名が外国人です。三役に限れば、外国人が7名で、日本人は魁皇と栃皇山の二人だけです(これを書いている12月の時点で)。
日本人関取が少ないのは淋しいことですが、日本の伝統を受け継いだ外国人力士が相撲界を盛り上げ支えています。ここで一挙に外国人力士が全員抜けたら、大相撲がいかに悲惨なことになるかを想像してみてください。
日本の大学、企業は相撲界を見習ってほしいものです。欧米からだけでなく優秀な人材を中国、インド、マレーシア、韓国など、アジア諸国から高給で、とは言いませんが、せめて日本人と同じ将来性のある雇用契約で迎えてあげてください。それは、必ず日本の発展につながると信じています。
第197回:
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