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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第482回:地球温暖化で得をすること

更新日2016/09/29



地球の温暖化を防ぐことが人類の滅亡を防ぐ道だとばかり、御題目を唱えるように危機感を煽るのが正義!みたいな時代です。確かに大変な勢いで氷河が融け、南極、北極の氷山が崩れ落ち、地球が暖かくなっている事実はあります。 

北極で白熊が絶滅の危機に瀕している、海水温の上昇で珊瑚礁が死んでいくと言われても、なかなか実感がわきません。そんな映像を観すぎたせいか、逆にシリアやチュニジア、リビアの難民を救う方が先じゃないか…と、どちらか一つを選択するような問題ではないのを承知の上で、思いたくなります。

早く言えば、白熊が全滅しても実際の生活には困らないけど、行き場のない何百万の難民を放っておくことはできない…と思ってしまうのです。

素人考えですが、地球が暖かくなれば、今まで耕作できなかったような地域でも農耕が可能になり、耕地面積が増え、従って食料の生産量も増える…、結果、飢えた人たちへの恩恵につながる…と思うのですが、事実は逆のようで、今まで耕作可能だった耕地が温暖化に伴いダメになる方が遥かに大きいらしいのです。

私たちが住む、ロッキーの山裾でも、極端に積雪量が減りました。雪かき、屋根の雪下ろしの回数がこの10年でグンと減りました。それはそれでありがたいことです。動物たちの動きも変わってきました。

以前ですと、決まったように秋には山から里へ、春には里から山へと移動するシカやエルク、七面鳥、それを追うコヨーテ、マウンテンライオン、狐、熊が小屋の前を通っていたものですが、今では一年中、季節感なくこの周りをうろついています。熊も冬眠を忘れ、一年中騒動を巻き起こしています。

ところが、地球温暖化のおかげで良いことも起こっているのです。

アジアからヨーロッパへの航路は、たとえば横浜からドイツのハンブルグへ行くには、まず南下しマレー半島の突端、狭く危険なマラッカ海峡を越し、インドの南をかわし、スエズ運河を渡り、地中海を東から西に横切り、ジュブラルタル海峡を通り、進路を北に向け、これまた非常に込み合っているイギリス海峡を通ってやっと辿り着くという、凡そ2万1,000キロの航海をしなければなりません。

ところが、北極航路ですと1万3,000キロで済むのです。この北極航路は、ヨーロッパ人が昔から開発に意欲を燃やしていました。1879年、初めて北極航路を経てストックホルムから横浜にやって生きたのはノルデンショルドです。ですが、この航路、当時の船の建造、航行技術、気象予報(主に氷の状態ですが)が伴っておらず、冒険的試みとしか見られていませんでした。

ところが、地球温暖化で氷が溶け始め、その上、人工衛星から送られてくる氷の状態を進行形で知ることができるようになり、一挙に脚光を浴びてきました。ロシアは国を挙げてこの航路確保に力を入れ始め、専門の政府機関、北極海航路局を創設したほどです。

と言うのは、この航路、北極海のロシア寄りを通るからです。ロシアの水先案内人(パイロット)の乗船を義務付け、何ヵ所かは先導の砕氷船を付け、また強制保険も掛けなければいけません。ロシアがチャージする北極航路通過料は1トン当たり5ドル、プラス保険が1トンにつき2ドルというものです。

スエズ運河の通貨料は1トンあたり4ドルですから、北極航路の方が高くつきますが、何と言っても、北極航路は南、スエズ経由の3分の2の距離ですから燃料が盛大にセーブでき、おまけにソマリアの海賊海域を通過しなくて済みます。不安定なスエズの情勢に左右されることもない…と良いことずくめのように見えますが、使える期間が夏場の5ヵ月だけ、それに、全面的にロシアの管理下に置かれてしまうのを懸念するムキもあるでしょう。

にわか知識で調べたところ、2010年に北極航路を通過した商業船はたったの4隻でしたが、2013年には230隻に増えています。ちなみにスエズ運河を通過した船は2013年に1万7,225隻ありました。

地球温暖化もここに極めり…でしょうか、昨年はロシアの砕氷船の先導が必要ないほど、航路が開けたそうです。こうなると喜んで良いのか、加速していく温暖化を嘆くべきなのか分からなくなってしまいます。

今まで採算が取れないとされてきた北極圏のLNG(液化天然ガス)の開発も進み、航路が整備されるとLNGを基地から直接船積みし、アジア、ヨーロッパに運べるようになり、北極圏開発が進みそうです。

その分だけ白熊の居場所がなくなっていくのでしょうね。

 

 

第483回:ホモセクシャルの時代

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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