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■インディアンの唄が聴こえる
 

第21回:サンドクリーク後 その2

更新日2023/06/08

 

軍隊の内部告発は非常に難しいものだ。たとえ告発する側に正当な理由があるにしろ、軍隊という巨大な規模の保守勢力を相手にしなければならず、しかも組織としての軍は、軍を傷つけるような告発をハナから潰そうとする。膨大な数の軍人、役人、退役軍人らは個々の事件を知ろうとせず、自分が属する組織を傷つけるような奴を頭から排除し、葬り去ろうとする。

ジェームス・ドーウリトル上院議会議員の公聴会は76日間に及んだ。その記録だけでも、膨大な数量になる。例えば、その現場に居合わせたジョン・スミスなる人物のタイプされた記録だけでも26ページに及ぶ。それが何百人という証人を招聘しているから、その記録だけで膨大な量になる。現場にいたシヴィングトン大佐指揮下のコロラド第三義勇騎兵隊の面々の証言と、インディアンたち、それにサイラス大尉の率いた第一義勇騎兵隊員と、証言は180度異なる。

こうなると、事実は当事者の立場によりどうにでも動き、変わるもので、実際に何が起こったのか真実を見極めるのは不可能にさえ思える。とりわけ片方が意図的に事実を歪めようとしている場合は、水掛論に陥る傾向がある。そんな中でも、次第に事実が浮き彫りにされ、生粋の軍人の中からシヴィングトン大佐のとった軍事行動(実際には虐殺だったが)を北軍の恥と表明する軍人も現れた。合衆国陸軍裁判所の判事、ジョセフ・ホルト将軍は言葉を尽くして、「サンドクリークは卑劣にして冷血、拭うことのできない犯罪であり、すべてのアメリカ人の恥と悲憤である」と声明を出している。

シヴィングトンは再三公聴会に呼ばれ、応答をしている。 
シヴィングトンは1865年1月2日にカーティス将軍から電報で退役すよう諭され、それを受け入れるカタチで大佐の地位を辞している。
 
この公聴会で突然、スター証人が現れた。その名をジム・ベックワース(Jim Beckwourth)という、毛皮業者、罠師で、サンドクリークの現場に居合せたとし、シヴィングトンの言動をツブサに語り、第三義勇騎兵隊の殺戮を描写した。まさに談論風発だった。これはマスコミを喜ばせた。シヴィングトンの劇的勝利を書き立てた新聞が、今度はジムのコメントをそのまま載せ、第三義勇騎兵隊の残虐さを非難する立場に回ったのだ。

公聴会はいつもドラマ的要素を持っている。この公聴会の初期にあったジムの証言は、シヴィングトン側に大きなダメージを与えた。しかし、ジム自身は11月29日にサンドクリークにおらず、ライアン砦にすらいなかったことが明らかになり、また彼自身が殺人、馬泥棒、強盗で逮捕状が出た過去を持ち、大変な詐欺師、ホラ吹きだと化けの皮が剥がれてきたのだ。だが、一旦マスコミに流された彼の証言はそのまま民衆の記憶に事実として残った。そんなエピソードがあるほど、サンドクリーク事件は全米の注目を集めたと言って良いだろう。

No.21-01
ジム・ベックワース(Jim Beckwourth)
なぜ彼が公聴会ですぐにバレルような嘘の証言をしたのか
マスコミの寵児になりたかっただけなのか?
西部開拓時代が産んだユニークな人物ではある。
アメリカ犯罪百科事典では“カリフォルニアで最大(最悪?)の馬泥棒”と定義されている

公聴会ではジム・ベックワースのような詐欺師がマスコミの寵児に祭り上げられたりしたものの、第三義勇騎兵隊員で、シヴィングトンの部下の中から数名証言に立つ者が現れた。彼らはシヴィングトンがサンドクリークへ向かう前、ライアン砦で行った演説を記憶していた。そして、一言一句とまではいかないにしろ、シヴィングトンの演説を再現した。

それによると、「現在、私たちは戦争の真っ只中であることを、まず明確にしたい。敵は慈悲に値しない。そして捕虜を取る必要はない。インディアンどもが降伏し、平和を訴えたとしても、信用するな。彼らは生まれながらの泥棒であり嘘つきだ。我々の義務は、この大平原からインディアンを一掃することだ。そのためには同情を捨て、復讐のための全面戦争を遂行することだ。コロラドの農夫、牧童、家族、子供たちは、我々に絶大な期待を寄せている。我々は素早くかつ完璧に行動しなければならない。インディアンは全く同情に値しない存在なのだ」とアジったのだった。

加えて、シヴィングトンの演説として、「シラミの卵はシラミになる。我々はインディアンを罰さなければならない。生き残った女どもは子を産み、インディアンの子供、赤ん坊は血に飢えた殺戮者になる。将来、次の世代のローマン・ノーズになるのだ」というフレーズがあるが、“シラミの卵はシラミになる”はインディアン嫌いの人たちの間で有名な言葉になった。

インディアンとの戦闘の前に兵士を奮い立たせるためにこの程度の演説をするのは当たり前のことで、サンドクリーク以前にも多くの将校が同じような言葉でアジるのが習わしだったと証言する軍人(ダン中尉)も現れた。何もシヴィングトンの演説が取分けインディアンを毛嫌いしたものでなく、至極当たり前のものだったと言うのだ。

公聴会での報道が多くなればなっただけシヴィングトンを支持する人が増え、シヴィングトン自身、時の人になり有名になっていくのを享受した。もっとも、それはコロラドに限られていたが…。そして、彼は長年の野望である合衆国の上院議会議員にコロラドから立候補する運動を始めた。

公聴会でシヴィングトン弾劾が盛んになればなるほど、シヴィングトンの名前は知れ渡り、コロラド州内での盛名がうなぎ登りに上がった。彼はそれを利用した。講演、インタビューにまさに引っ張りダコだった。合衆国陸軍や東部のマスコミがいかにシヴィングトン・バッシングで騒ごうが、コロラドではシヴィングトンは“時の人”だった。シヴィングトンが増長したのもムベなるかなと言ったほどの超人気者になったのだ。

一方、サイラス大尉は軍務を放棄したとされ、自分を守る答弁と実際に何がサンドクリークで起こったのかを知らしめる運動に忙殺された。左遷された朋友ウェインコップ少佐と共に、シヴィングトンの虐殺はいかにシャイアン族、アラパホ族との和平協約を破るものであり、合衆国政府の保護下にあるインディアンを攻撃、虐殺するのは、反政府活動であり、加えて、白旗を揚げ、武器を持たない女、子供、老人ばかりの部落を襲撃するのは戦争犯罪だとアピールした。

-…つづく

 

 

第22回:サイラス・ソウルの運命

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第1回:消えゆくインディアン文化
第2回:意外に古いインディアンのアメリカ大陸移住
第3回:インディアンの社会 その1
第4回:インディアンの社会 その2
第5回:サンドクリーク前夜 その1
第6回:サンドクリーク前夜 その2
第7回:サンドクリーク前夜 その3
第8回:サンドクリーク前夜 その4
第9回:サンドクリーク前夜 その5
第10回:シヴィングトンという男 その1
第11回:シヴィングトンという男 その2
第12回:サンドクリークへの旅 その1
第13回:サンドクリークへの旅 その2
第14回:サンドクリークへの旅 その3
第15回:そして大虐殺が始まった その1
第16回:そして大虐殺が始まった その2
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