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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第351回:流行り歌に寄せて No.156 「僕らの町は川っぷち」~昭和42年(1967年)

更新日2018/05/10



名古屋市港区一州町 中電(中部電力)アパートH401号。これが私たちの住まいだった。生まれてこのかた平屋住まいで、階段のある家に住んだことのない私たち家族にとって、いきなりアパートの最上階での生活が始まった。(考えてみれば、私自身はそれ以来35年間は、ずっと2階以上の住居で暮らし続けた)

アパートのそばには、名港火力発電所という、5本の大きな煙突をもつ発電所があった。その規模はかなりのもので、かつては東洋一の巨大な火力発電所であったらしい。だだっ広い(名古屋弁に翻訳すれば“どえりゃあ ひれい”)土地に、変電所も二つ設けられているという、大変なスケールであった。

今回調べてみると、昭和12年に起工されたものということで、当時としても30年稼働していた発電所で、最大時には5号機までがフル稼働していた。昭和57年に廃止されるまでほぼ半世紀弱、中部電力の火力発電事業の屋台骨を支え続けた発電所だった。

私の父は、発電所とは関係のない、住居から離れた緑区にある総合技術研究所という機関に従事していたが、私たちのアパートは、当初は名港火力発電所の従事者の家族のための住まいだったと思う。家族寮8棟、独身寮2棟が建てられていた。

アパートと発電所を挟む形で、東臨港線という名古屋港と名古屋市場を結ぶ貨物鉄道が敷かれていて、当時はまだ蒸気機関車が運行されていた。一日に数本程度だけだったが、私たちはモクモクと煙を吐きながら走る汽車の姿を見るのが好きだった。

悪ガキの中には、汽車のやってくる前の線路の上に一円玉を置いていた者がいた。汽車が走り去った後、まだかなりの熱を持ち、本来の姿の数倍の面積になりペチャンコにプレスされたニッケル玉を拾い上げ「ホフ、ホフ、ホフ」と言って、それを息で冷ましていた。

私は“なんてもったいない、お金を使えなくしてしまうとても愚かしいことだ”と、、真剣に思いつつも、著しく変形した一円玉を、自慢げにほっぺたに擦り寄せている少年たちの姿が、少しだけ羨ましく、また反面哀しかった。


「僕らの町は川っぷち」峯陽:作詞  林光:作・編曲  西六郷少年少女合唱団:歌 
                 
1 .
ぼくらの町は 川っぷち

えんとつだらけの 町なんだ

太いえんとつ こんにちは

高いえんとつ またあした

川の向こうに 日が昇り

えんとつの煙に 日が沈む

そんなぼくらの 町なんだ

2.
ぼくらの町は 川っぷち

えんとつだらけの 町なんだ

低いえんとつ 背伸びしろ

細いえんとつ 風邪ひくな

父さん母さん 帰るまで

えんとつの林で 鬼ごっこ

そんなぼくらの 町なんだ

3.
ぼくらの町は 川っぷち

えんとつだらけの 町なんだ

白いえんとつ 歌ってくれ

黒いえんとつ 音痴だな

昼でも夜でも 元気よく

煙を吐いてる 歌ってる

そんなぼくらの 町なんだ


引っ越してきた当時、『NHKみんなのうた』でこの曲をよく聴いた記憶があった。今回調べてみると、“昭和41年12月~42年1月放送”とあって、まさにその時期に流れていることが分かった。

但し、この時期放映されていたのは、本家“西六郷少年少女合唱団”のものではなく、“大阪放送児童合唱団”によるリメイク版だったようである。この曲を“団歌”とする西六郷の方は、東京オリンピックの年の“昭和39年6月~7月放送”となっていた。

オリジナル版の方も、うっすらだが、小学3年生当時に聴いた記憶にあって、その時は“えんとつだらけの町なんだ”と歌われても、岡谷市に住んでいた限りイメージできなかった覚えがある。

“川っぷち”とは多摩川沿いのことで、東京大田区の京浜工業地帯を歌ったものだったが、巨大な火力発電所の存在も含め、大きな工場群を擁(よう)する中京工業地帯に移り住んだ私には、充分にその空気感が理解できた。私にとっては、かなり居心地の悪い場所だった。

作詞の峯陽(みねよう)は、子どもの歌を中心に、作詞、作曲の両方を手掛けた人である。作詞の際のネームは“峯陽”、作曲の時は“ともろぎゆきお”と使い分けている。

作詞では『友情の歌』(いずみたく:作曲)、作曲には『おばけなんてないさ』(槇みのり:作詞)がある。そして両方を担当した『タンポポの歌』は、戦争に反対する強い思いを込めて作られた曲である。

作・編曲の林光は、管弦楽、室内楽から、舞台作品、歌曲、映画音楽まで、広い分野の作曲活動をした人で、『ぼくらの町は川っぷち』のような合唱作品も数多い。この人も、戦争に反対する曲が少なくない。

繰り返すことになるが、この曲は都会の曲である。戦争の悲惨さを経験した作詞家と作曲家が、決して快適とは言い難い“えんとつだらけの町”に住む都会っ子に向けて、しっかり生きてくれよという応援歌だったのだと、今になって理解できる。

ちょうどこの頃は、大気汚染や、騒音、振動、そして悪臭などの公害の諸問題が、毎日のように報じられていた時代だった。

-…つづく

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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