第399回:流行り歌に寄せて No.199 「青年は荒野をめざす」~昭和43年(1968年)
五木寛之という人は、たいへんに丈夫な方である。小沢昭一、野坂昭如、青島幸男、永六輔、伊丹十三、井上ひさしといった“昭和ひと桁”生まれの作家が一人ひとりとこの世を去っていく中で、未だに執筆活動を続け、ラジオなどのメディアにも登場し続けている。
歌謡曲にも造詣の深い人で、というよりも、こちらでもプロフェッショナルであり、自らも多くの曲の作詞をし、作詞と同時に作曲も手掛けた作品もある。ラジオ深夜便のコーナー(『わが人生の歌語り』→『歌の旅びと』→『聴き語り・昭和の名曲』とタイトルが変遷)では、彼の歌謡曲への熱い思いが語られている。
自分の小説が映画化、テレビドラマ化された時に自ら作詞をしたものだけをあげてもかなりの数に上る。
叶弦大:作曲 渡哲也:歌 『海を見ていたジョニー』、武満徹:作曲 ハイ・ファイ・セット:歌 『燃える秋』
小松原まさし:作曲 松坂慶子:歌 『愛の水中花』 作品原題『水中花』、笠井幹男:作曲 チェリッシュ:歌 『四季・奈津子』
山崎ハコ:作曲・歌 『織江の唄』 作品原題『青春の門』など、サッと思い浮かぶものだけでもこれだけあるのである。
自作の小説を映画化、テレビドラマ化するだけでも、ある意味読者の想像力をかなり限定してしまうと思うが、さらに主題歌などを作れば、その傾向が強まる。五木という人は、それを恐れずに、むしろ自分の描いた世界は「これこれ、こういう世界なのです」と言わんばかりに、具現化していく。少し変わった作家だと思う。
但し『青年は荒野をめざす』は最近になって映画化されたものの、曲が作られた当初は映像はなかった。昭和42年の3月から10月にかけて『平凡パンチ』に連載され、その後書籍化された小説のイメージを、そのまま曲にした作品である点で珍しいものである。小説『内灘夫人』をイメージした『内灘愁歌』『内灘哀歌』などが同じ例と言えるだろう。
「青年は荒野をめざす」 五木寛之:作詞 加藤和彦:作曲 川口真:編曲
ザ・フォーク・クルセダーズ:歌
*ひとりで行くんだ 幸せに背を向けて
さらば恋人よ なつかしい 歌よ友よ
いま mmm 青春の河を越え
青年は 青年は 荒野をめざす*
もうすぐ夜明けだ 出発の時がきた
さらばふるさと 想い出の山よ河よ
いま mmm 朝焼けの丘を越え
青年は 青年は 荒野をめざす
みんなで行くんだ 苦しみを分けあって
さらば春の日よ ちっぽけな 夢よ明日よ
いま mmm 夕焼けの谷を越え
青年は 青年は 荒野をめざす
(*~* くり返し)
社会福祉の仕事をしていた頃、私の尊敬する職場の先輩から「K君、この歌、矛盾していると思わないか? おかしな歌だよ」と、『青年は荒野をめざす』についてこう訊ねられたことがある。
先輩は続けて「1番は“一人で行くんだ 幸せに背を向けて”と言い切っているのに、3番では“みんなで行くんだ 苦しみを分けあって”に変わってしまっている。最初聴き始めた時、かなりの覚悟のある奴だ、かっこいいと思ったけれど、最後まで聴いてみると、なーんだという感じになってしまう」
そう言われてみるとその通りで、確かに最初の悲壮な意志はどこへ行ってしまったのだというふうに思う。ただ、原作を大雑把に束ねてみると、こうなるのかも知れない。
原作の小説では、20歳の主人公の北淳一郎が新宿のジャズ喫茶でトランペット演奏をして貯めたお金で日本を飛び出す。横浜からナホトカ航路でソ連に行き、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、フランス、スペイン、ポルトガルとヨーロッパを回り歩き、いろいろな人々と出会い、多くの女性とも繋がりを持つ。そして、最後は3人の仲間とともにノルウェーの貨物船でアメリカへ。
当時『平凡パンチ』を愛読していた人たち(私よりも数年お兄さんになるが)は、幻想的なヨーロッパの風景と、魅力的な女性たちといつも関係を持ってしまう主人公に、憧れを抱いたことだろう。
歌詞を読んでみても、別れを告げるのは、恋人、なつかしい歌と友、ふるさと、想い出の山と河、春の日、ちっぽけな夢と明日とかなり盛りだくさんである。そして、青春の河を、朝焼けの丘を、夕焼けの谷を越えて、青年は荒野をめざすのである。なるほど。
さて、この曲は北山修、加藤和彦、はしだのりひこの3人でのユニット、ザ・フォーク・クルセダーズが発表した最後のシングル作品になった。その後、北山修を医学生に戻り、精神科の医師になり、加藤和彦はしばらくソロ活動をした後、『サディスティック・ミカ・バンド』を結成、はしだのりひこは『はしだのりひことシューベルツ』、『はしだのりひことマーガレッツ』、『はしだのりひことクライマックス』、『はしだのりひことエンドレス』と、不屈の魂でグループ結成、解散を繰り返していく。
北山22歳、加藤21歳、はしだ23歳。原作の主人公とはまだそれ程離れていない年齢の3人が、まだ人気のあったグループに別れを告げ、新たな荒野をめざしたなどと書けば、実に陳腐な表現だが、その後の彼らの行き方を見れば、そんなに的の外れた言い方とも言えまい。
-…つづく
第400回:流行り歌に寄せて No.200 「風」~昭和44年(1969年)
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