第148回:私の蘇格蘭紀行(9)
更新日2009/08/13
■エディンバラ最後の日
スコットランド入りして5日目、エディンバラ最後の日、4月5日、月曜日。
ときどきとんでもない寂寞感が、波のように襲ってくる。誰ともコミュニケーションをしっかりと取れないことからくるのか、無性に寂しいのだ。そんな時、「寂しいのお」と何回も言ってみたりする。
人とのつながりというものは、やはり本当に大切なものだと実感する。その道具としての言語、ここでは即ち英語をもう少し話すことができれば、と真剣に感じた。郵便局から家族宛てにAir
Mail、岡谷の実家にTel、昨日の教会のことなどを話す。
昼は街のパブに入って"ハギス"を食べる。これは、羊の内臓をミンチ状態にして、オート麦、たまねぎ、各種ハーブを細かく刻み、牛脂と一緒に羊の胃袋に詰めて茹でるスコットランドの昔からの料理だそうだ。ウイスキーを振りかけて食べる。なかなかに旨いものです。
その後、街中をブラブラと散策する。まず大きな本屋さんに入ってみる。こちらの本は、ほとんど表紙に絵が描かれているものが多い。カバーがない、いわゆるpaperbackが大半を占めているようだ。
日本の観光ブックを見てみた。私たちがスコットランドと言えばケルトを着たバッグパイプ奏者を思い出すのと同じで、舞妓さんを始め、本の中の日本人女性の圧倒的多数は着物姿。ページをいくら繰っても、現代の日本の様子を伝えているものはほとんど見当たらない。
料理後進国と言われる英国だが、ここのところ国民の間で料理に関心を持つ人が増えていると聞いた。そこで料理本コーナーを覗いたが、規模の大きな書店の割には、日本の町の小さな本屋さんに置いてある料理の本より、かなり数が少なかった。
外国の小説の売り場では、圧倒的に種類の多かったのが村上春樹氏の本。日本とかアジアを強く感じさせない、ある種、無国籍の世界観が受け入れられるのだろうか。
本屋さんを後にし、百貨店やブティックが並ぶ通りへ。こちらでは、それらの店舗の3、4軒に1人くらいの割合で、店前にホームレスの人たちが座っている。30歳代から40歳代の男性が多いようだ。
彼らの身なりは、決して日本のホームレスの人たちのようには汚くはなくて、街を歩いている人の誰かが疲れてしまってそこに座り、そのまま2、3日が経ってしまった、というぐらいの普通の格好だ。
「HOMELESS & HUNGRY」と書かれた紙を、お金乞いの入れ物の横に置いている。不思議と一匹の犬を伴っているのが多いのはどうしたわけだろう。
こちらに来て、スコットランドの人たちは、それ程背が高くないことが分かった。イングランドの街を歩いていると、遠目に見てそれほど背の高さを感じない女性が私の横を通ったとき、私より高かったことが少なからずあった。
ところが、スコットランドでは私より背の低い男性も決して少なくない。すれ違うとき、「勝った、負けた、負けた、勝った、負けた」という感じの2勝3敗程度の成績だと思う。私が178cmだから、スコットランドの男性の平均身長は180cmぐらいということか。
エディンバラに来て、何回か足を運んだ雑貨屋さんに入った。店主は私よりは若いと思われる30歳代後半くらいのインド人の男性。買い物を終えて、「明日からグラスゴーに移動します。いろいろとお世話になりましたね」と話しかけると、
「あんなゴミゴミしたところは行かなくてもいいよ。エディンバラでもっとゆっくりした方があんたのためだ」というようなことを言い返してきた。「そうもいかないですよ。いろいろなところを見て回りたいし、グラスゴーも良い街だと聞いています」と話したことに、
「そうかな、私にはまったくそうは思えないけれど。まあ、問題ないか。ところで、あんたどこの人?」と尋ねてきた。「日本人。」との答に、彼は少し驚き、「へえ、そうかい。私はてっきりネパーリッシュかと思ったよ。それじゃあ、See
ya, Good luck!」。
宿に帰り、5日間使った不便なバスタブを使った後、部屋で荷物の整理をする。何人もの女の子の大きな声と、バタバタと廊下を走り回る音がかなり長い時間続いたので、気になってドアを開けてみると、バスタオルを巻いただけの女の子が廊下を走っていた。
この後何かあって、みんなで忙しく、矢継ぎ早にバスを使っていたのだろう。元気があってよろしい。
階下のバーに行き、ビールを一杯注文して、提供してくれたフロントマンに、5日間のお礼の言葉を述べた。彼は、いつもの人なつこい笑顔を見せて、「この後もスコットランドの良いところをたくさん見てください、お元気で」と握手をしてくれた。
美しくて、優しくて、なぜかなつかしい街、エディンバラは私にとってそんな印象を持つ場所だった。
-…つづく
第149回:私の蘇格蘭紀行(10)