第539回:プエルトリコ~ハリケーンの悲劇
かれこれ20数年近く前になってしまいますが、私たちがプエルトリコの小島のマリーナに係留していたヨットに住んでいた時、ハリケーン“ジョージ”の直撃を体験しました。幸い、ダンナさんが借りていた陸(オカ)の事務所に避難していたので、私たち(ヨット仲間も引き連れていました)は安全でしたが、ヨットは陸に打ち上げられ、マストは倒れ、船体、デッキにも大きな穴があき、保険会社の審査官でなくても、誰が見ても全損という酷い状態でした。
そんな体験があるので、今回、プエルトリコを立て続けに二つの超大型ハリケーン(注)が直撃したニュースには身につまされるものがあり、ほかの人より惨劇を理解できると思います。
すぐに、プエルトリコにいるヨット仲間や親しかった大学の同僚の先生たちにメールを送り、安否を問い、私たちに何かできることはないか…と書き送りました。電気がないのでパソコンを使うインターネットなど利用できないだろうという予想に反して、即返事が戻ってきました。彼らの方が、私たちに余計な心配をさせまいと気遣っている様子がよくわかるのです。
それから、もう2ヶ月以上経ちましたが、一昨日のメールではまだ電気も水道もない生活を強いられている、しかし、私たちはハリケーンに慣れているから、豆などの穀物、お米の買い置きはたっぷりある、小さな発電機を回すガソリンもどうにか確保している、後は魚を獲って食べている…、それにしても、政府は何をやっているのだろう…と、少しばかりグッチッていました。
プエルトリコはアメリカの領土ですが、州ではありません。映画『ウエストサイド・ストーリー』でニューヨークの二つの少年ギャング団の一つがプエルトリコ系で、リタ・モレーノがプエルトリコ訛りで夢の国アメリカを茶化して歌ったのを覚えている方もおられるでしょう。
アメリカ独立戦争は、イギリスが税金だけ取り立て、代表権(議員をイギリス議会に送ること)がない、いわば植民地的自治に対して、アメリカに移住していた人たちが立ち上がった戦争と、簡略、図式化して言ってよいと思います。現在のプエルトリコが、それと同じ状況に置かれています。
プエルトリコには合衆国に支払う税金(フェデラル税)はありませんから、アメリカ独立戦争時と事情は少し違いますが、もちろんプエルトリコ政府に払う地方税はありますし、消費税もあります。しかし、合衆国政府へ税金を払っていないので、当然、大統領の選挙権もありません。
トランプ大統領がハリケーン後一週間も経ってから、重い腰を上げ、プエルトリコに出向いたのは、選挙権のない住民にサービスしても票に全く繋がらないからでしょう。おまけに口約束ばかりで、1ヶ月以上経った今でも何一つ実現していません。ただ、彼がプエルトリコでお見舞い演説をした時に壇上から投げたペーパータオルだけが実際の援助?でした。どこの国の元首が、災害で悲惨な状態にある住民にペーパータオルのロールを投げたりするでしょうか? それで、顔を拭いて出直してきてもらいたいのは、トランプさん、あなたですよ。
ボランティアの人たちがプエルトリコを訪れ、復旧の手助けをしようと申し出ていますが、まず彼らを運ぶ交通手段がありませんでしたし、それに万が一、プエルトリコに着いたとしても、彼らに食べさせる食料、水がないし、寝るところもありません。それどころか、大手のスーパーが水と食料を満載した貨物船をチャーターしてプエルトリコに向かおうとしたところ、政府からストップがかかったのです。と言うのは、その貨物船が外国船籍で、アメリカの法律でアメリカ国内輸送はアメリカ船籍以外の船を使用できない法律があるからです。こんな緊急時に法的な建前に拘っているのです。いつもワリを食うのは被災者なのですが…。
また、アメリカ国内の電力会社の作業員が、手弁当でプエルトリコの配電…と言うのかしら、電信柱や送電線の復旧に駆けつけましたが、肝心の発電所が壊滅状態ですから、それを建て直すまでは電気が行き渡らないのが現状です。それに、これはプエルトリコ人の精神構造と呼んでいいでしょうか? こんな非常事態の中でも官僚的派閥、セクト主義がまかり通り、発電所建設の入札が贈収賄のスキャンダルのため、企画が二転三転し、未だに建設計画が宙に浮いたままなのです。
やっと、数は限定されていますが、飛行機が定期的に運航を始めました。その便でプエルトリコを抜け出す人が大変な数になると報道されています。大半のプエルトリコ人はアメリカに親族を持っていますから、復旧するまで半年、1年、本土に住もうというのです。アイルランドの大飢饉のあと、アメリカへの大移民ブームになったことを思い起こさせます。
唯一の救いは、プエルトリコにはアンクルサム(アメリカ合衆国)がいることでしょうか。時間は多少かかりますが、FEMA(合衆国緊急対策局)が自然災害で個人や企業が受けた被害に保証金を支払うのです。プエルトリコ人だけではないでしょうけど、ありもしない被害を大げさに申告し、政府から援助金を貰うのを当然のこととし、これをチャンスにお金をせしめてやれ…という人が大勢出てきます。逆にそんなシステムがあることすら知らない人、満足に字も書けない人、災害被害の申告もしない、できない人たちは、取り残されてしまう傾向があります。
お金持ちの叔父さん(アメリカ)を持たないお隣のドミニカ共和国、ハイチ、キューバなどは悲惨を通り越して絶望的な状態に見えます。彼らは今までもそうしてきたように、どん底から立ち上がってくるのでしょうけど…。
私たちが体験したハリケーンのことが脳裏のどこかに残っているのでしょうね、とりとめもなくハリケーン後のことを書いてしまいました。
(注)ハリケーン「マリア(Maria)」
「過去百年で最強」ハリケーン、プエルトリコを「完全に破壊」
AFP通信:2017年9月22日 13:36 発信地:プエルトリコ・サンフアン/米国
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