第71回:プレイボーイの“サファリ” その2
その1からのつづき…
Paella Valenciana(ヴァレンシア・パエリャ)
マルガリータに会ったのは、サファリが本格的なヴァレンシア・パエリャを食わせてやるとばかり、カンポ(森)に気心の知れた友達を集め、パエリャ・パーティーを開いた時だった。
サファリは料理が得意だったし、人を集めて料理の腕を披露し、パーティーを開くのが好きだった。本家本元のヴァレンシア人たるサファリがつくる本格的な“パエリャ”はイビサでチョット有名だった。
その時、マルガリータは17歳か18歳だったと思う。天から舞い降りてきた妖精のような…と言えば当たっているだろうか、清純可憐を絵に描いたようなあどけない少女で、全体にほっそりとした身体つきだったが、ちゃんと出るところは張り出ていた。
そんな身体に小さな卵型の顔、明るい色の金髪と、少女雑誌のグラビアになりそうな容姿だと思っていたところ、実際、彼女はかなり売れっ子のティーンエージャーモデルだと知った。そんなマルガリータが20歳以上年上のブ男、サファリの新しい“彼女”だった。
マルガリータはよく気の付く、申し分のないホステスぶりを発揮し、パエリャ・シェフのサファリの手助けだけでなく、呼び集まった我々15-16人もいたろうか、に飲物、ワイン、サングリア、ウィスキーやオツマミなどをサービスして回り、軽い会話で場を和やかにしていた。
私は世の中にこんな女性が存在していたか、神が二物、三物も与えたもうた人間がいるものだと、ひたすら感心し、見惚れていた。ただ、マルガリータの声だけは、硫酸でウガイをしたかのように、低くかすれたガラガラ声だったが…。
やがてマルガリータのお腹が膨らみ始めた。お腹の大きさが目立ち始めても、若さの特権だろうか、彼女の持つ天性なのだろうか、清純さのイメージは崩れなかった。彼女は物静かなタイプで、自分から率先しておしゃべりをしなかった。が、それでいて相手に気まずい思いをさせるような雰囲気をつくらなかったし、自分の美しさを鼻にかける様子を全く見せなかった。
サファリがイビサでプレイボーイ振りを発揮していることは彼女は重々知っていたと思う。『カサ・デ・バンブー』に一人でやってきて、「ここの坂は、妊娠中の女性にはキツイわね…」と、妊婦特有のおっとりした優しい表情で口にする程度だった。
ある時、「イビサは子供を育てるのに、あまり良いところでないから、実家に帰ろうかと思っている」と、ポツリと言ったことがあった。何でも、マルガリータの両親はバルセロナ郊外に住んでいるということだった。
私は、少女少女したマルガリータのイメージを強く持っていたのだが、お腹の中で成長しつつある赤ちゃんを抱え、少女が現実をシカと踏まえた大人の女性に変わっていくのを目の当たり見た想いがした。
何ヵ月かして、旧市街で赤ちゃんを抱いているマルガリータに出会った。彼女は赤ん坊を私に見せるように差し出し、「この子、サファリに似てしまって、醜いでしょう?」と謙遜なのか、本当にそう思っているのか計りかねるようなことを言った。スペイン人は一般に醜い、キレイ、デブ、ブス、美人、ハンサムと誰にでもはっきりと言う傾向がある。そこにお世辞が入り込む余地がない。
それにしても、自分の赤ん坊を醜いと決め付ける母親に会ったのは初めてだった。サファリ2世たる赤ん坊は、額と頭の後ろが飛び出ていて、こりゃぁ、マルガリータ、大変な難産だったのでは…と思わせた。私は、「赤ん坊の頭の形は変わるもんだし、必ずとても賢い子になるぞ」と慰めたのだった。
マルガリータはバルセロナ郊外の実家で出産し、赤ちゃんをサファリに見せにイビサに来たことのようだった。「でも、私、この子が元気に強く育ってくれればそれでいいの…」と言い、さらに成長し母親になった女性の落ち着きと強さを見せつけたのだった。そして、サファリが異常なまでに赤ん坊を可愛がり、子煩悩の父親に変身したと嬉しげに言うのだった。
老舗カフェ『モンテソル』(Gran Hotel y Cafe “Montesol”;現在の写真)
翌年のシーズン初め、セマナ・サンタの時だったと思う、旧市街の市場へ降りた時、ヴァラ デルレイ大通りにある老舗カフェ『モンテソル』の路上に張り出したテーブルから 誰かが私の名を大声で呼んでいるのに足を止めた。一瞬、この男の顔、どこで見たっけなぁ、誰だったかなと見極めがつかなかった。なんと、サファリだった。
髪を短く切り、ほとんど丸ハゲ、しかも髭をきれいに剃っていたのだ。襟のついたカッターシャツを、しかもプレスしたものを着込み、太目の金の鎖を首に下げ、まるでイタリア映画に出てくる田舎の老ジゴロのようだった。これにサイドベンツの派手な長めジャケットでも着ていたら、ブルックリンの下っ端マフィアで通るいで立ちだったのだ。以前はジーンズにブーツ、ディスコのティーシャツ一本槍だったのだが…。
なんでも、マルガリータの父親がやっているバルセロナの不動産会社に入り、観光開発のようなことをやっているとのことだった。話をしていて5分と経たずに、サファリが服装、ヘアースタイルだけでなく、表情も目の輝きも変わり、何よりも彼が持っていた内から発散するエネルギーというか生気が消え失せてしまったことに気が付いたのだ。人を引きつけるイタズラ小僧のような目が死んでしまっていたのだ。
「マルガリータとサファリ2世はどうしている?」と問うと、「女は強い…、女は結婚し、母親になった途端に山の神になると、お前も心得ておいた方がいいぞ」と私にタレルのだった。「俺のボウズはだんだん人間らしくなってきて、そりゃ可愛いもんだ」と言った時だけ、目に輝きが戻ってきたように見えた。
しかし、サファリとカフェ・コン・レチェ(エスプレッソのミルクコヒー)とクロワッサンの朝食を摂りながら、自分の向かいに座っている男が、セミの抜け殻のように思えてしょうがなかった。
-…つづく
第72回:イビサを舞台にした映画
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