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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第127回:カタランのもう一人のフォアン

更新日2020/07/23

 

スペイン人の名前には同じものが多く、紛らわしいことおびただしい。ぺぺとカルメンのところでも書いたが(第51回「3組のペペとカルメン」)、先週、鉄工場のフォアン(Joan)のことを書いた時、もう一人忘れらないフォアンがいたことを思い出した。こちらのフォアンはカタラン(catalan;カタルーニア人)のフォアンだから“ジョアン”と呼ぶべきか。

カタランのフォアンは、天然の縮れた茶色の髪を無造作に顎の細い面長な顔に載せていた。いつ会ってもよく日に焼けているのは、冬はピレネーでスキーのインストラクター、夏はフォルメンテーラ島(Formentera)でウィンドサーフィン教室をやっているからだ。フォルメンテーラ島は、イビサ港から当時の老朽木造フェリーで2時間ほどの距離にあり、私のアパートのテラスから水平線上にへばりつくように見えている平らな島だ。

Formentera map
Ibiza-Formentera Map

Formentera_Playa
フォルメンテーラの海岸はヨッティーとウィンドサーファーに人気が高い

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ウィンドサーフィン教室とレンタルショップ(参考イメージ)

フォルメンテーラ島は長い砂州でエスパルマドール島(S'Espalmador)と繋がっていて、その5~7キロはある砂州が自分のボートを持っている人にとって最高のビーチになっていた。どちらから風が吹こうが、狭い砂州を渡れば静かな海面が広がっているという、ウィンドサーファーにとっては、とりわけ初心者にとっては理想的なところだ。そこに、フォアンはウインドサーフィンのレンタル・ショップと教室を開いていた。

彼と知り合った時、私はまだオープンコンセプト“来るものは拒まず…”というより、自分から呼び込むようにして誰彼なく私のアパートに泊めていた。フォアンがフォルメンテーラから出てきて、何らかの用を足すためイビサに泊まらなければならない時、どういうきっかけか忘れたが、おそらく私が、「よかったら俺んとこに泊まっていけよ…」くらいに、気楽に誘ったのだろう。フォアンはシーズン中に2、3度は私のところを常宿にするようになったのだ。

フォアンに金持ちの家族がいることはすぐに知れた。自分で結構いい仕事をしていたが、どこか甘やかされたボンボン、自分のことしか考えず、語らず、ほかの人のことなど眼中にない態度が見え隠れしていた。彼の家族が、カタルーニアで長者番付5位に入る大金持ちだと彼自身が言った時に、彼の心の貧しさのオサトが割れたように思えた。自分でそんなことを他言するアホがいるかと思ったのだ。だが、一体それがどうした、何だと言うのだ…とは、切り返すことはしなかった。

確かに、フォアンは金使いが荒く、私の店でも友人を連れ、派手に散財してくれたから、店にとっては良い客ではあった。そして、いつもきれいに支払った。彼の弟やバルセロナに住む兄の家族も店に連れて来てくれた。フォアンがかなりのスキーヤーで、ホットドッグスキー(空中回転など曲芸中心のスキー)のスペインチームの一員であったことも確かで、浅黒く雪焼けした彼のスキー仲間を何度か店に連れて来たこともあった。

イビサの連中は、シーズンオフの冬、バリ島に行くことが多い。チョット旅行好き、冒険好きはインド、ネパール、タイ、フィリピンに立ち寄る。冬のバリ島は、イビサがそっくり引っ越したようなものだと、大げさに言われたりもした。フォアンとウィンドサーファーやスキーの仲間たちも毎年のように東南アジアへ出かけていたようだった。 

ある年、フォアンはインドネシアだかフィリピンからポケットモンキーを持ち帰った。彼が動物好きというのではなく、ポケットモンキーがヨーロッパで異常に高い値段で売れるからだった。彼のサーファー仲間は、フォアンのことを、「アイツは、どこへ行っても金になる、儲かることしか頭にないんだ。アイツと旅行するのはコリゴリだ…」と溢していたものだ。もちろん、そのような動物はジャカルタ、マニラなどの大都会の市場、路上で、おそらく違法ではあるが、公然と売られている。私もバックパッカー時代、そんなペット露天街を歩いたものだ。だが、野生動物の国外持ち出しも、ヨーロッパのどこの国でも持ち込み禁止、完全な密輸になる。

何年目だったか、フォアンが気の合う仲間と、奇妙にヒソヒソ声で話し合っていた。いつもなら、大声で冗談を飛ばし、酔っ払い、仲間の中心に座を占めているのだが、なにやら秘密めかしているのだ。しかも時折、ウエイトレスのアントニアや私の方へチラッ、チラッと、上目使いの視線を素早く送り、私たちが彼らの話を聴いていないか探るのだった。

私は店内でドラッグの商談をするのを何度も耳にしているが、実際の取引現物と現金のやり取りを店の中でやらない限りは黙認していた。彼らがそんな話し方をしなければ、私も注意を向けなかったのだが、彼らはカンボジア、タイから少女を連れてくる、あからさまに言えば買ってくる算段をしていたのだ。スペインでトラタール(tratar)は扱うとか遇する、交際するの意味だが、名詞のトラト(trato)になると、グンと意味が広がり、交渉、待遇、そして“カサ・デ・トラト(Casa de Trato)”は取引所が転じて“娼婦の家”の意味になる。

フォアンが仲間と“トラト・ブランコ(Trato Blanco)”すなわち人身売買、女性を奴隷娼婦として連れてくる相談をしていたのだ。少女を誘拐し、娼婦に仕立て、人身売買を専門にする大きな地下組織がヨーロッパにあり、時々手入れを受けて新聞沙汰になる。主にアラブ諸国には白人女性の需要があり、良い値で売るとあったりする。

フォアンたちが実際に“トラト・ブランコ”に手を出したかどうか、おそらくハナシだけで終わったことだろう。だが、それにしても、人身売買を本気でやろうと考える人間がいることだけでも、恐怖心に襲われ、戦慄を覚えたことだ。根底には、ヨーロッパ人がアジア人に持つ優越感、アジア人蔑視があることは確かだ。フォアンと彼の仲間の唾棄すべき人間性を垣間見た時、私は彼らとの関係を即刻切るべきだった。ポケットモンキーとアジアの少女とは全く次元の違う話なのだから…。

一種の逃げなのは知りながら、私には関係のないことだ、それにフォアンは『カサ・デ・バンブー』にとって、結構良い客だから…と、以前と同じように、イビサに出てくれば私のところに泊まる習慣を許したのだった。その後、彼は真金髪のゲルマン・アーリア人種を絵に描いたようなドイツ人女性と一緒になり、私のアパートに一緒に泊まるようになった。性格の幾分きつい、はっきりしたその女性とは、フォアンは余程気が合うのか、彼らがイビサを離れる時も一緒だったと思う。

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小型双胴船ホビーキャット(参考イメージ)

目の前に海が広がっているのだから、それを存分に楽しまない手はない…とばかり、私は小型カタマラン(双胴船)の“ホビーキャット(Hobie Cat)”を買った。水泳、水中銃を持ってのシュノーケリング、上達しなかったウィンドサーフィンと色々手を出してみた結果、カタマランならウィンドサーフィンのようにヒックリ返ることもないだろうという思惑もあった。実際には、よく”転倒“”沈“するのだが…。

“ホビーキャット”を買って2シーズンも遊んだだろうか、冬の置き場所がなく、かといってビーチに野晒にしておく訳にもいかず、フレームとフロートを外し、半ば分解してアパート階下の庭の脇に置いていた。それをフォアンが目ざとく見つけたのか、ウィンドサーフィンの話のついでに出たのか思い出せないのだが、フォアンが“ホビーキャット”を売ってくれと言い出したのだ。置き場所に困っていたことではあるし、私は購入した値段の半分ほどで譲ることに合意したのだった。

彼の決断、動きは早かった。一緒に“ホビーキャット”を組み立て、マストも立て、ブームとセール、ラダー(舵)をセットし、短いテストセーリングをして、これなら問題なしと、十分の一ほどの手付金というのだろうか、お金を渡してくれたのだった。その時、フォアンは今日は風向きもいいから、この“ホビーキャット”に乗ってフォルメンテーラに帰りたい、残金は来週イビサに来る時に持ってくると言い、私はこのような中古の売買は現金、現状渡しが原則だと知りながらも、フォアンとはもう5、6年越しの知り合いだし、彼が“ホビーキャット”をフォルメンテーラに持って行くことを許したのだった。

もちろん、その後、フォアンはピタリと私のところに来なくなった。その顛末を知った朋友ペペの怒るまいことか、「アイツがそんな男であることを知っていただろうに、フォアンは金に汚いカタランの典型だぞ、お前はメクラか? お前も、それで今までよく生きてこれたな~、少なくてもここでは、スペインでは10%の手付けだけ貰って、現物を渡してしまう間抜けは生きていけない社会なんだぞ!」と、十歳以上も年上の私に説教したのだった。

ペペの予言?通り、フォアンは私の“ホビーキャット”をサリーナスのビーチで自然果物ジュース屋をやっている弟に売り払い、その弟はビーチに来る客に転売し、行方が掴めなかった。 

私にとって、簡単に忘れることができない金額だったにしろ、そのために島中を駆けずり回り、“ホビーキャット”を探したり、フォルメンテーラ島まで出向いてフォアンを探したりすることに煩うより、高い授業料を払わされた事件として忘れることにしたのだ。 

ぺぺに、「お前ならこんな時どうする?」と尋ねたら、まず第一に、そんなバカな取引に応じない、友人は選べ…と教訓をタレ、船を仕立てやるから、フォアンのウィンドサーフィン・スクールに乗りつけ、電動ノコですべてのサーフボードを切ってこようと、それがイビサの伝統的なやり方だと言わんばかりだった。

しばらくして、フォアンが40フィートほどのヨットを彼のスクール、レンタルショップと交換で手に入れ、イビサを去ったことを知った。

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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