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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第128回:スペイン酒飲み事情

更新日2020/07/30

 

夏だけの典型的な避暑地で、浜辺のカフェテリアをやっていたおかげで、ヨーロッパ人の酒の飲み方にそれぞれのお国柄があることを知った。とは言っても、イビサを訪れるヨーロッパ人、主に北欧人、イギリス人らは長く寒い冬を通して働き詰めで、スワッとばかり南国の島で休暇を過ごすために出てくるのだから、多少羽目を外して酔っ払うのは理解できる。

彼らの地元では、あんな飲み方はしないと思う。イギリスや北欧(ドイツ、オランダを含め)からのヴァカンス組は、全体的に言って、だらしない飲み方で、酒癖が悪い。この現象はクラス社会、階級の差が恐ろしくはっきり現れていて、イビサに別荘を持っているお金持ちクラス、アッパーミドルクラスのヤンゴトナキ層には当てはまらず、もっぱら安いチャーターフライトのパッケージツアーで、自国にいるより安上がりだ、ワインがミネラルウォーターより安いという理由で、スペインにやってくる、いわば労働者階級に限ってのことだ。

当時、スペインの通貨“ペセタ(peseta)”はお話にならないくらい安く、ドル、ポンド、マルク、クローナなどとの換金率がとてつもなく良かったので、それらの国の工場労働者や事務員、銀行員はスペインで一挙に金持ちになるのだった。

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機内からヴァカンスが始まっている。泥酔い状態で到着

二度、そんなヴァカンス客を満載したチャーター便に乗ったことがある。一度はロンドンから、もう一度はフランクフルトからマジョルカ島への便だったが、両方とも飛行機が離陸し、水平飛行に移るや否や、バカ安値の航空運賃を機内販売でカバーしようという魂胆からか、免税のウイスキー、ブランデー、コニャック、ウォッカ、ジンなどのハードリキュールを機内で売り出す。

スチュワーデス(CA)も心得たもので、プラスチックの空のコップと氷の入ったものを付けてくれる。機内で飲む分には何本でも構わないから、壮大な酔いどれ飛行機が出現することになる。目的地のマジョルカ島に着く頃には、大半が出来上がっているのだ。

イビサにやって来るその手のヴァカンス客は、年に何度か地元の新聞種になる。酔っ払った挙句、ホテルのテラスから部屋にあるマットレス、枕、さてはベッドサイドテーブル、ランプなどを路上に投げ捨てたり、街中にあるモニュメントを壊したり、スプレーペイントを吹き付けたり、噴水の中に飛び込み、裸で泳いだりのご乱行に至るのだ。

彼らを取り締まるのための十分なお巡りさんはイビサにはいない、いなかった。観光ブームが訪れる前まで、元々半分眠っているような島だから犯罪もなく、閑散とした田舎道は交通事故も少なかった。急激に人口が増える夏のヴァカンスシーズンには、バルセロナから援軍のお巡りさんが、半ば休暇で滞在していた。

酔っ払った挙句、暴れ、モノを壊した罪で逮捕、拘留されることもなかったと思う。第一、そんな大きな拘置所がないのだ。イビセンコ(イビサ人)だけでなく、スペイン人はイギリス、ドイツ、北欧の人々の酒癖の悪さを毛嫌いしていた。「あいつらは酒の飲み方を知らない。味わい、楽しむことをしない、ただ酔っ払うだけだ…」となる。


ビーチで酔い潰れると日焼けで大変なことになるのだが…

スペインの酒の消費量(ワインになるが)は、15歳以上、一人当たり年11.7リットル(WHO調べ)で、ヨーロッパの平均の倍だ。ワイン、ビールは日本での醤油、味噌汁のように生活の中に入り込んでいて、前にも書いたが、赤ん坊に哺乳瓶で水割りワインを飲ませる国なのだ。スペインで正餐(一番大きな食事)は昼食となり、時間をかけてゆっくり摂る。当然、ワインと食後のコニャックは欠かせない。そしてシエスタ(siesta;昼寝)になる。シエスタは一度、この味を覚えると病みつきなるほど良いもので、30分、小1時間の昼寝が酔いを醒まし、エネルギーを補充してくれるように感ずる。結果、街中で酔っ払いを見ることが少ない。終電近くの新宿駅のような現象は、マドリッド、バルセロナの地下鉄に見られない。

『カサ・デ・バンブー』で、始末に困った酔っ払いは朋友ギュンターとヴィッキーだけだったと思う。ギュンターはお隣さんとしての付き合いもあり、私に甘えるところがあったのだろう、週に一、二度ほど、イビサの港近くのバールをハシゴし、たっぷりキコシメシ、自分のアパートに上がる前に『カサ・デ・バンブー』に寄り、最後の仕上げをするのだ。

足元がおぼつかないほどい酔っ払い、そして、シツコクなり、絡み出す。カタラーナ(カタルーニャ人の女性)のヴィッキーは、アル中の上ドラッグ漬けだった。カウンターに陣取り、ウォッカをストレートで飲み出すと、三白眼の目が据わってきて、言うことなすこと支離滅裂になる。

スペイン人やイビセンコのグループ、主に合気道グループが『カサ・デ・バンブー』を占拠し、飲み会を開くことが時々あった。呆れるくらい皆が皆、よく飲み、同時にチステ(chiste;小話、笑い話)を披露し、喋りまくり、それはそれは賑やかだが、引き際の鮮やかさ、お開きにしようと誰かが音頭を取るわけでもないないようなのだが、サーッと引き上げるのだ。グダグダといつまでも居残るヤカラはいないのだ。

酔っ払うことをスペイン語でボラッチョ(borracho)と言うが、たとえムイ・ボラチョ(muy borracho;非常に酔っている)の状態でも、基本的に陽気に冗談を飛ばし騒ぐ。若者なら流行り歌を唄い、景気の良い手拍子を取り、ドンチャン騒ぎを演じ、部外者にとっては煩いことハナハダシイにしろ、ともかく陰に篭ることがなく、外に向かって発散するタイプの陽性に終始するのだ。これはワインと日本酒の違いではなさそうで、アルコールが体内で分解する過程で、陰と陽に分ける特別な酵素があるのでは…と思いたくもなる。 

私はビールを一口飲んだだけで、全身が真っ赤なトマトになる超ゲコだから、酒飲み天国のようなスペインで暮らしていながら、いまひとつ損をしている気分がついて回った。酒類は信じられないくらい安いのだ。しかも、カフェテリアをやっていたから、良いワイン、ブランデー、コニャックなどなど、身の回りの手の届くところに、酒がワンサとあったのに、酒の社会、文化に入り込めなかったのだ。スペインで酒を飲めないのは、一種の障害者のようなものなのだ。

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マンチェゴチーズとオリーブの酢漬け

ぺぺはバールをハシゴする酒飲みではない。チョットした集まりで、同胞と昼食を一緒に摂る時に、ワイン、そして最後にカラヒージョ(carajillo;エスプレッソコーヒーにコニャックをたらした温かい飲み物)を飲む程度だ。一度、実家で作ったヴィノ・パジェッス(自家製ワイン)を薦(コモ)を撒いた5リットルは入るガラッファ(garrafa;デカンタ、瓶)を持ってきた来たことがある。ケソ・マンチェーゴ(Queso Manchego;羊乳のラ・マンチャ地方のチーズ)とアセイツナ(aceituna;オリーブの酢漬け)のつまみで、それをきれいに空にしたのだ。

カルメン、イグナシオ、ギュンターも途中から加わったにしろ、彼らの酒の強さは一体全体、あれだけの量をどのように体内で分解しているのだと言いたくもなろうというものだ。あれだけ飲んでも、もちろん赤くもならないし、ロレツが回らなくなることもなく、素面の時と変わらないのだ。

私は彼らに、「何事にも正直、素直な人間は赤くなるのだ。お前たちみたいに顔色一つ変えない人間は信用できない。良いワインを飲ませるだけ無駄だ…」と言ってはみたが、虚しさが付きまとった。

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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