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第472回:流行り歌に寄せて No.267 「夜明けの停車場」~昭和47年(1972年)1月25日リリース

更新日2024/01/25


石橋正次という人を考えた場合、私は彼が演じた二つの役を即座に思い出す。両方とも映画作品である。一つは、『あしたのジョー』の矢吹丈役。あの、高森朝雄(梶原一騎):原作、ちばてつや:作画の、『週刊少年マガジン』に連載され、後にテレビアニメなどでも大人気となったスポーツ漫画の、実写版映画である。石橋正次にとっては、同年に『非行少年 若者の砦』で映画デビュー、主演したことに続く第2作であった。

力石徹役は亀石征四郎、丹下段平役は辰巳柳太郎。私はこの映画は観ていないが、当時、中学3年生の私には、石橋正次と漫画の矢吹丈のイメージには大きなズレがあるような気がして、あまりピントこなかった。

当時、丹下段平役が辰巳柳太郎と、ずい分渋い役者さんを使うものだなあと思っていたが、実はこの映画、新国劇の舞台『あしたのジョー』の映画化であることが、今回調べていて判った。舞台の方では、丹下段平役を郡司良という役者さんが演じていたが、映画では大御所が登場している。よく見ると、映画の製作会社として「日活・新国劇映画」と記されていた。

この映画の主題歌『あしたの俺は・・・・』を石橋正次が歌い、この曲で彼はコロムビアからレコード・デビューを果たす。『夜明けの停車場』発売の2年前のことだ。

もう一つは、今度は『夜明けの停車場』から2年後の昭和49年(1974年)の日活映画『赤ちょうちん』での、秋吉久美子演じる霜川幸枝の兄役である。(役名はない)資料によっては幸枝の元恋人役と書かれているものもあるが、私がこの映画を観て記憶にあるのは、兄役である。(私が上京して初めて観た映画であり、秋吉久美子のファンであったので印象に残っている)

とにかくダメな兄貴という設定だったが、幸枝が買い物に夢中になって置き去りにしてしまった我が子を乗せた乳母車が、坂道を滑り落ちていくのを、彼が何とか止めてことなきを得たというシーンを思い出す。あの時の、彼の少し屈折した笑顔は忘れられない。

さて、この『夜明けの停車場』は、石橋正次がレコード会社をクラウンに移してから2曲目の曲で、オリコン3週連続1位という大ヒットとなり、この年の第23回NHK紅白歌合戦で初出場を果たした。

「停車場」という言葉、最近はあまり耳にしないようだ。細かく言えば、意味が違うようだが(停車場とは、駅、信号場、操車場の総体)、今ではほとんどの人が「駅」という言葉しか使わない。けれども、この曲には「停車場」という言葉が、本当にしっくり来るようだ。

私個人の感覚で言えば、「停車場」の方が「駅」よりも、列車などの鉄の冷たい匂いが、より強く感じられるように思う。そこに降る雨は、体温を奪うほどの冷たさを持っているのだろう。ちょうど52年前のこの時期に発売され、冬の景色が背景にはある。


「夜明けの停車場」  丹古晴己:作詞  叶弦大:作曲  小山恭弘:編曲  石橋正次:歌


夜明けの停車場に ふる雨は冷たい

涙をかみしめて さよならを告げる

きらいでもないのに なぜか

別れたくないのに なぜか

ひとりで旅に出る 俺は悪い奴

だから ぬれていないで 早くお帰り

君には罪はない 罪はないんだよ

 

一駅過ぎるたび かなしみは深まる

こんなに愛してて さびしいことさ 

きらいでもないのに なぜか

別れたくないのに なぜか

しあわせ捨ててゆく 俺がわからない

だから 遠くなるほど 胸が痛むよ

君には罪はない 罪はないんだよ

 

昭和のこの時期の、一種の流行りなのだろうか。とにかく、恋人がいながらも、彼女を置き去りにして、男はひとり旅に出るという歌が、かなり多かった。今、ざっと思い出してみても、かまやつひろしの『どうにかなるさ』、チューリップの『心の旅』、沢田研二の『サムライ』など、いくつか出てくる。本当は暖かい彼女の元にいたいのだけれども、ある種の使命感を持ち、痩せ我慢をしてそこを出てゆく。こんな図式である。なぜ、そうまでして旅に出たかったのだろうか。

未だに、私にはこの答えがわからない。私の中に、ない思いなのだろう。

石橋正次は、その4ヵ月あまり後で『鉄橋渡ると涙がはじまる』という曲を出し、これもヒットした。作詞、作曲、編曲者とも『夜明けの停車場』と同じ顔ぶれで、女性をも故郷をも捨てて、旅立つ男の歌である。

この曲は、何年か前、五木寛之のラジオ深夜便「聴き語り・昭和の名曲」で紹介され、五木が、自分にとって大変印象深い、素晴らしい曲だと語っていた。五木という人の来し方を考えた場合、それは頷ける気がする。

男としては、きっとそういう志向の方がカッコいいのだろうと思うし、憧れのようなものはあるけれども、自分は持っていないものなので、これだけは仕方がないのだ。

-…つづく

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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