第198回:またまた大相撲のこと
私が相撲ファンなのは学内に知れ渡っているのでしょう、英文学の教授ビル・ライトが仰々しく、『ニューヨーク・タイムズ』を私の研究室まで持ってきて、大相撲がえらいことになっているよと、記事を見せてくれました。
その2、3日後、全米向けのテレビニュースにまで大相撲の八百長スキャンダルと春場所中止のニューズが流れ、大げさにも春場所の中止はアメリカンフットボールの最終チャンピョン決定戦「スーパーボール」が取りやめになったようなものだ、と言っていました。
アメリカでアメリカのプロスポーツ以外のスポーツ、ラグビー、サッカー、バレーボール、クリケットなどがニューズになることはまずありませんから、相撲もデブがぶつかり合う奇妙な、地球の片隅で行われている極々地方的な伝統スポーツくらいにしか思われていません。それが、春場所が中止になったことで、突然、全米ニュースになったのは皮肉なことです。
大相撲のことを書くのをいつも楽しんでいました。こんな素晴らしいスポーツ、潔い負け方があるスポーツは相撲だけだと信じていましたし、これほどクリーンな勝負ができるスポーツは他にないと今まで思っていたのです。
でも、今回の八百長事件に対しては、何か書かなければならないという義務感が先に立ち、パソコンに向かうのも憂鬱ですし、キーボードを打つ指は鉛のキャップでも付けたように重く、さっぱり文章が前に進みません。
「汚い、男の尻を見て、何が面白い」と相撲嫌いの谷崎潤一郎がどこかに書いていましたね。彼は着物の裾からかすかに覗く女性のクルブシや和服に巻かれた女性の腰やお尻を見てゾクゾクするタイプのようでしたから、男性的なものの極限を行くお相撲さんの美しさは全く理解できなかったのでしょう。
話のついでですが、西洋の音楽評論家、随筆家で優れた評論、旅行記、随筆をたくさん書いている吉田秀和さん(文豪の谷崎潤一郎を呼び捨てにして、吉田さんを"さん"付けにするのは、相撲に対する態度が影響しているのかしら)が、『我が相撲記』という本を出しています。音楽と相撲という凡そかけ離れた分野ですが、相撲には一旦、その魅力に取り憑かれると、どこまでも人をのめり込ませる魔力があるのでしょう。
今回の不祥事について、アメリカで読むことができる限られた範囲での情報、論評しか目を通していませんし、あまり熱心な相撲ファンでないウチのダンナさんにアレコレしつこく質問しただけですから、とても内情を正確に掴んでいるとは言えません。それでも、"一言"言わずにはいられません。
というのは、日本での相撲界に対する批判、今回のスキャンダルに対する論評は例によって紋切り型で、「基本的内部改革を期待したい」とか「意識の改革が必要だ」「…してほしい」と上から見下ろす、「…を期待したい」「…見守りたい」式の押し付けがましく、具体性が全くない評論か、感情、感傷的な「国技として相撲を汚すものだ」「多くのファンを裏切った」「八百長とは無縁の大多数の相撲取りが可哀想だ」といった論評に終始し、それならば、現状を抜け出し、将来、大相撲を繁栄させるために何をどうすれば良いのかという具体案が全くないのです。
ジャーナリズムは事件を報道するだけなのは分かっていますが、少なくとも、名前入りで論説を書く編集委員は事実の分析とそれに対する具体的に自分の意見を書かなければアジビラと同じレベルになってしまいます。自分の身に跳ね返ってこない向こう岸の事件にカッコイイことを扇動的に言うのは易しいのです。自分が安全で、決して死ないところに身を置いて立てた参謀の作戦が、いたずらに兵士を死なせるだけだったことは歴史が証明しています。……とまで大上段に構えなくても、彼らの非難、評論には根本的に相撲に対する愛情が欠けているのです。相手に対する思いやり、愛情のない批判はただ罰則主義、全体主義に陥る傾向があります。
今回の"申し合わせ相撲"のことより、ジャーナリズムに対する批評になってしまいましたが、そんなことを言ってしまった以上、私も自分の改革案を書かなければなりません。
1.今回の"申し合わせ相撲"をしたお相撲さんは、すべて十両以下に落とす。しかしクビは切らない。
2. 関取(十両以上)とそれ以下の待遇の差(現在は十両になると月給100万円、十両以下は無給)を少なくする。例えば、 十両の基本給を70万円、序二段20円~30万円とし、成績により加算する。
3. 千秋楽に7勝7敗のお相撲さん、その相手も含め相撲内容で番付けを決める。したがって、8勝7敗でも内容が悪けれ ば番付けを落とすことがあるし、7勝8敗でも番付けが上がる可能性がある。
4. すべての取り組みに相撲内容を吟味した星をつける。奮戦した結果、負け越したお相撲さんは番付けを落とさない。来 場所にチャンスを残す。逆に9勝6敗を大関の最低勝ち星とし、8勝7敗を2場所以上続けたら落とす。
5. いかなる不祥事があっても場所を中止しない。NHKがそっぽを向いても、空席が目立っても、ともかく場所を続ける。場 所を取りやめることは責任を取ったことにはならない。ファンあっての大相撲なのだから。
今回のスキャンダルに関わっていない大勢のお相撲さん、気落とさずにケイコに励み、いい相撲をとってください。私たちファンは、土俵で貴方たちの真摯な姿を見に必ず返ってきますよ。
第199回:日本とアメリカのタイガー
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