第825回:美味しく安全な飲料水
私たちの高原台地の暮らしのことは再三触れました。こんな山と谷の高原ですから、もちろん水道など来ていません。水は180フィート(60mくらい)の地下水を汲み上げて使っています。元々風車で動くポンプを上下にガチャン、ガチャンと動かし汲み上げていたのを、電動モーターに切り替えましたが、さらに電気のポンプを地下水位まで降ろし、そこから水を押し出す?システムにしました。と言っても、私がやったわけではなく、ウチのダンナさんが色々調べ、その方式を選び、施工したのですが…。
郡の保健所に汲み上げた地下水のサンプルを持って行って検査してもらったところ、結果は最良好で、飲み水として、体に害のない最適な水だというお墨付きを貰いました。ただ硬水なので、洗濯物が多少ゴワゴワになります。でも、全く身体に害はないということです。
不思議なことに、私たちより下、高さにして50−60メートルほど降った家の井戸水が枯れてしまい、郡の給水所からタンクローリーで運ばなければならない事態に陥っています。地下の水脈がどこにあるのか、どのように流れているのかは、未だに“魔女の方法”と呼んでいるやり方で探し当てるほかないのだそうです。
普通の家や農家では、莫大なお金のかかる試削ボーリングを何度もできませんから、一発勝負になります。そこで魔女が活躍し、ここ掘れワンワンとなります。魔女の方法とは、30センチほどの太めの銅線を90度、カギ型に曲げたモノを両手に持ち、銅線の先端を前方に向けます。その時、心静かに、邪念なく、銅線を持つ手を強からず、弱からず握り、静々と歩くことが肝心だそうです。
今の地所を買った時、プロの井戸堀り屋さんを呼び、井戸の場所を見てもらいました。ダンナさんが魔女の方式の話を持ち出すと、新式の機械類を満載した大きなトラックに、ちゃんと魔女用の90度に曲がった銅線を持ち歩いていたのは驚きました。そして、この魔女方式で、水槽の深さと湧出する水の量まで言い当てることができると言うのです。
何でもすぐに試したがるダンナさん、自家製の銅線を造り、それを両手に歩き回っていましたが、どうも魔女、俺のこと嫌っているみたいだ、全く反応しないと止めてしまいました。
ともかく良い水があり、それを飲めることは、基本的な生活の欠かせない条件だと思っていたところ、地球上で自然の良い水を得ることができる場所の方が珍しいらしいのです。
水道の水の質が落ち、大きな街の浄水場では、水の量と質の管理が難しくなり、あちこちで社会問題になっています。バカ高い瓶詰めの水が売れる所以です。都会の水道水は大方近くを流れる川の上流から取っています。豊かな水量のある泉、地下水を汲み上げている所は珍しくなっています。問題は、川の水の質です。浄水場の上に化学工場などがあったり、それでなくても広大な放牧地があれば、当然川は汚染されます。
牛のオシッコ、ウンコなどは割りに処理しやすいのだそうですが、ここに今までの化学処理ではどうにもならない、そして時間と共に自然に消えてなくなることがない『永遠の化学物質』(forever chemical)が出現し、それが生物の体内に蓄積され、ガンの発生率が異常に高くなるのだそうです。このクセモノの“永遠の化学物質”は無色、無臭ですからますます始末に負えません。
それはテフロン加工をする時などに使われる化学物質でPFAS(Per-and Polyfluoroalkyl Substance)と呼ばれています。この化学物質の仕様用途は広く、焦げつかないお鍋やフライパン、それにシミのつかない布、防水加工の服などに使われています。
ジョージア州の南を流れるオギーチー川は、周りに住む人の格好の川釣りの場所でした。対象の魚はレッドチェスト(赤い腹)で、体長15−20センチの小魚です。この魚に異変が見つかってからもう20ー30年も経っているのですが、どうも魚がガンに罹っているらしいと言われてからも、こんな澄んだ川に住む魚がなぜガンになるのか分かりませんでした。
ノースカロライナ州ではウエルミントンにある大学の研究所が本腰を入れて調査をし、この川魚に大量のPFASが蓄積されていることを見つけたのです。そして、近隣の川の水と水道水を調べたところ、どこもかしこもこの危険な発がん物質PFASだらけだったのです。この化学物質が『永遠の化学物質』と言われているように、決して消えてなくならず、一旦身体に入ると、死ぬまで体内に留まり、蓄積されることです。しかも、川に流れ込むと中和のしようもない物質だというのです。
現在、アメリカの41%の水道水が、この化学物質に汚染されています。それでいながら、合衆国政府の規制が何もありませんでした。オギーチー川の場合は、上流にある繊維工場が繊維、布を加工するために使っているPFASが凶元だと分かったのですが、具体的な対策、処置は何もしていませんでした。
環境衛生庁(EPA;Environmental Protection Agency)では、現在使われている科学物質は9,000種もあり、その6種類のPFASについて、やっと含有量の基準を設けました。それが2023年、今年の3月のことなのです。
でも、それまで「永遠の乙女、ならぬ科学物質」を体内に溜め込んできた人たちはどうなるのでしょうか? “Forever chemical”ではなく、ボブ・ディランの歌のように“forever young”(永遠に若く)なら最高なのですが…。
本当に自分だけのエゴになってしまいますが、私たちの地所に良い地下水があり、それを汲み出せるのは、それだけで幸運だと思わずにはいられません。
第826回:アメリカの金脈政治
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