第643回:政治家になると、人は変わる!
人間の本質は変わらない、いや、環境によってどんどん変わっていくものだ、と大きく意見が割れるところです。若さで隠れていたものが、歳とともに隠れ蓑が剥がれ落ち、本質が出てくるだけだと言う人もいます。エゴの塊になり、周囲のことに目がいかず、ますます頑固になっていく老人がなんと多いことでしょう。美しく歳をとるのはとても難しいことのようです。
またまた、ウチのダンナさんの意見ですが、権力や金を握ると変わるような人間は、元々自分を持っていないヤカラだ、ということになります。
私の大学時代からの旧友カップル、スティーブとジャンは、傍で観ていると何度も危うい危機を乗り越え、もうすぐ金婚式を迎えます。
スティーブは社会意識が強く、政治運動に参加し、教員組合の事務所で働いています。大学時代、私も彼の影響で、何度かベトナム戦争反対のデモに行ったものです。一方、ジャンの方は小柄というよりチビで、とても可愛らしい真金髪のシャイな性格で、小中学校の学区のカウンセラーをやっています。「私よりズウタイの大きい子供が大半だから、なんだか幼稚園児の私が、私よりズーッと大柄なティーンエイジャーのカウンセリングをしているように見える」と本人が言っています。
スティーブが州議会の議員に立候補して、当選した頃から、ジャンに言わせれば、スティーブが変わってしまったのです。スティーブは元々社交的な性格で、色んな人に会い、話をするのが大好きで、会話を成り立たせる天才でした。議員職はまさにスティーブにピッタリの仕事でした。そのまま行けば、下院議員から州知事、上院議員へと上り詰めたかもしれません。
ところが、州の議員になった途端に…、と私には思えるのですが、秘書の女性の一人と深い仲になり、ジャンと二人の息子を残し、別にアパートを借りてその女性と暮らし始めたのです。スティーブは議員になって、すっかり変わってしまったのです。地方議員程度の低いレベルでも、多少の権力、決定権を握ると、それに擦り寄ってくる人が出てくるのでしょうか、学生時代のスティーブではなくなってしまったのです。まあ、ここまではよくある話です。
心の大きさを見せたのはジャンです。シングルマザー(二人の息子と生活)のジャンに逢った時、「私は、ただスティーブが帰ってきてくれれば、それでイイの。私は議員の妻としては失格だから、公の生活はとてもできないし、スティーブの政治家になるという大きな野心の邪魔、足を引っ張っていることは分かっているわ、でも、私には子供たちの将来がすべてで、それにはスティーブに父親として一緒にいて貰いたいの…」と言うのでした。私はジャンを置き去りにしたスティーブに憤っていましたから、ジャンの寛大な態度に大きなショックを受けました。普通なら即離婚になるところです。
その後、スティーブはジャンの元に戻り、次の選挙には出馬せず、もう20年になるでしょうか。今も平穏に暮らしています。
アウンサンスーチーさんが長い軟禁状態を経て、やっとミャンマーの主席になった時、軍が取り仕切っていた国に民主主義をもたらすと期待され、実際に改革し、外国の支援を受け入れ、ミャンマーの春が来たとばかり賞賛されました。1991年にはノーベル平和賞を受賞しました。
ところが、オランダのデンハーグにある国際司法裁判所に、2016年、ロヒンギャ・モスレムへの民族絶滅撲殺を図ったとして告発されたのです。罪は殺人、放火、強姦、拷問…と書いてから、これはアメリカが習慣的に外国でやっていることだと気が付きました。彼女が実際に手を下していないにしろ、それらを容認した容疑です。たとえ軍がやったことではあっても、元首たるアウンサンスーチーさんに罪があると言うのです。
ほかの国の元首なら、実際に拘束力のない国際司法裁判所の呼び出しなど無視するところですが、アウンサンスーチーさんは弁明のために出廷しています。それで分かったんですが、彼女、今時滅多に聞けない正統的クィーンズ・イングリッシュを話すんですね…。
ロヒンギャ・モスレムに対す虐待は、いつものことですが、大きな国際問題になり、散々レポートされた後で、国連が調査団を派遣しています。その時のドキュメンタリー映像は目を覆いたくなる惨状です。その映像の中に、国連の調査委員がアウンサンスーチーさんにインタヴュー、質問をする場面が出てきます。
あの東洋美人を絵に描いたような、品の良い、年齢で変わらない美しさをいつでも見せていたスーチーさんが、鬼の面でもかぶったように、キッと引きつった目で、調査団に対し、ノー コメントで通しているのです。
ロヒンギャ・モスレムに対する虐殺は隠しようのない事実です。スーチーさんが国家主席になり、複雑な政治問題、軍部との兼ね合いなど、一政治家として綺麗ごとばかり言っていられないのは分かります。ですが、一個人としてのスーチーさんは、軟禁状態にあった時とは全く変わってしまったように思えるのです。自分が属する民族文化を守るためという理屈で、他の民族を追いやる、虐殺する…というのはとても危険な思想です。
国連の独立調査委員会では、スーチーさんがジェノサイド(集団虐殺)を意図してはいなかったとして、中学校の弁論大会で優勝した時に与えられるようなプラーク(楯)のような証書を与えています。ですが、2020年1月23日に、デンハーグの国際司法裁判所は、現在も人権侵害、殺戮が行われているとして、迫害防止策をとるよう緊急命令を出しています。
アウンサンスーチーさんはミャンマーの元首になって、すっかり変わってしまったように思えるのです。時代の流れや立場によって自分を変えていくのは、一種、人間的成長といえるのかもしれませんが、どこまでその人を信用できるか否か…と突き詰めるならば、私は愚鈍なくらい実直な人間に軍配を上げたいと思います。変わらない、変われない人間はバカなのかもしれませんが…。
-…つづく
第644回:老人スキークラブ
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