第588回:個人が戦争を始めた話 “Good Time Charlie”
水戸黄門がスケさん、カクさんを連れて諸国行脚を行い、主に悪徳代官、社会の上層部の腐敗した役人などを懲らしめる時、最後の切り札として、「この方は、恐れ多くも水戸光圀公であらせられるぞ!」と印籠の紋章を見せると、代官、役人たちが、「ハハーッ…」とばかりヒレ伏すのがパターンになっています。
アメリカで誰も反対できない紋章は“反共”でした。ソビエト時代には、共産主義の災禍からアメリカ人民を守るためとさえ言えば、誰も反対できず、反対意見を述べるヤツは共産主義、ソビエトの手先だと言われ、思われていました。
ベトナムでフランスの肩代わりをするように、反共を掲げ、戦争を拡大し、泥沼に引き摺り込み、結果、惨めな惨敗を帰したことは、アメリカの外交政策の大きな汚点となりました。
ソビエトがアフガニスタンに侵攻し、それに抗議する意味でモスクワ・オリンピックをアメリカを中心とした資本主義国がボイコットし、オリンピックが民族、政治、主義、宗教の違いを乗り越えて…云々というのは、絵に描いた餅だと知れてしまいました。それに対抗するように、共産圏の国々も、次のロスアンジェルス・オリンピックをボイコットしたことを記憶している人も多いでしょう。
もうすでに、ソビエトのアフガニスタン侵攻は忘れ去られ、その後、アメリカがご他聞にもれず反共を掲げ、乗り出し、未だに泥沼から足を抜けずにいます。
アメリカのアフガニスタン侵攻の仕掛け人はたったの3人でした。下院の議員一人、CIAのエージェント一人、それにテキサスの桁外れの大資産家の女性の3人だけです。このように、個人プレーでも、反共という旗さえ高々と揚げれば、アメリカ議会で誰も正面から反対できなかったのです。
その言い出しっぺが誰であったか、今となっては、もうどちらでもいいようなものですが、テキサスの大資産家の女性、ジョアン・ヘリング(Joanne Herring)が、実際に広く旅をしていて、アフガニスタンも何度か訪れていた彼女の愛人で、恋人的な存在だった議員さんのチャーリー・ウイルソン(Charlie Nesbitt Wilson)に、アフガニスタンの人たちの悲惨な状況を訴え、このまま放っておくと、ソビエトがアフガニスタンを乗っ取ってしまう。そこから更にパキスタン、インド、イランがすべて共産主義国になってしまう…と焚き付けたのがキッカケになったと言われています。
何もしないことで有名にさえなっていた自称、他称プレイボーイ議員のチャーリー・ウイルソンが恋人から言われ、ヨッシャーとばかり乗り出したのでした。
このチャーリーは人に好かれるタイプで、あくまで明るく、様々なパーティーでも彼がいるだけでパーティー全体の雰囲気が変わると言われていました。テキサス人らしく、背が高く、ジーパンにカウボーイハットがよく似合う男です。しかし、1956年に卒業した海軍士官学校(Naval Academy)の席次は、下から8番目でしたから、お世辞にも頭脳明晰、判断力抜群とは言えません。ナーニ、そんなことは構うもんかと、海軍に4年だけ勤務した後、大尉で引退し、政治に打って出たのです。
彼の性格のなせるワザでしょうか、自ら“レッドネック”(redneck;良き田舎者=無学な田舎者)を前面に出し、ありとあらゆるパーティーに顔を出し、なんと12期も続けて当選するという偉業?を成し遂げたのです。新聞では“グッドタイム・チャーリー”(Good Time Charlie;いつでも良い時間を過ごすチャーリー;最善の時を過ごしたチャーリーというニュアンスかしら…)とも書かれ、ドナルド・レーガンの“ステンレス”(何を言われようが、どんなことが起ころうが、彼自身、傷つかない、悩まない、錆びないステンレスだと言われた)と双璧をなしたのでした。
このチャーリーが実際にアフガニスタンを訪れ、反ソビエトのゲリラグループと接触し、また米国に帰ってからCIAのエージェント、グスト・アラコトス(Gust Arrakotos)というギリシャ系の熱狂的な反共主義者を抱え込み、大量の武器を与え、それに軍事トレーニングを供給したのです。
反共のお墨付きさえ貰えれば、CIA内部でも、予算委員会でも反対できず、特別戦略委員会の反共予算から(Special Activities Division, Anti Communist Budget)、初めは5,000万ドル(約55億円)を引き出し、武器、主に対空砲や迫撃砲、機関銃でしたが、パルチザン反ソビエトグループに提供したのです。それが、現在のアルカイダに成長?して行くことになります。
もちろん、予算はすぐにうなぎ登りに上がり、5億ドル(約550億円)になり、議会が承認していないのに本格的な戦争に入っていくことになります。
フンダンに武器を貰い、トレーニングを受けたアフガニスタンの反共ゲリラは、強力なアルカイダに成長し、アメリカに歯を向けてくることになります。アメリカは共産主義国より怖い、何をしでかすか分からないイスラム原理主義者たちに武器を与え、全世界にテロリストをばら撒く元を作ったことになります。
CIAは省内の人間にしか与えたことがない勲章、功労賞を例外的にチャーリーに与えて、彼の功績を称えました。
“お前が現在のアフガニスタンの戦争を始め、敵になるアルカイダを助けた”と、激しく批判されましたが、当の御本人のチャーリーは、「あの時点では、アレが正義だった。アルカイダなんて言葉も存在しなかった」と、後悔の念など全く見せず、“Good Time Charlie”を地で行き、2010年に亡くなっています。
-…つづく
第589回:激増する中国人留学生
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