第384回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2019開幕
~決勝、そしてアジア初の大会ついに閉幕
南アフリカの優勝の瞬間を、チェスター・ウィリアムズ氏が目の当たりにすることができたら、どれだけ感慨深いものがあったのだろう。
ウィリアムズ氏は、24年前の第3回W杯、初参加で初優勝した南アフリカで唯一の黒人選手だったが、今回のW杯開幕の2週間前の9月6日に心臓発作により49歳の若さで、急逝してしまった。今回は日本のラグビー関係者からの招待もあり、本人も来日を心から楽しみにしていたと聞く。
アパルトヘイト政策が廃止され、ネルソン・マンデラ大統領が就任、国際ラグビー界復帰を果たしたとはいえ、1995年当時、9割を白人選手で占める南アフリカ代表の持っていた差別意識は、決して払拭されてはいなかった。
「こちらにボールを回してくれ」というのを、英語圏のラグビー選手たちは “Yes !”と、ひとこと発声するのが決まりごとらしい。ところが、ゲーム中にウィリアムズ氏がいくら“Yes !”と叫んでも、ボールは回って来ずに、白人同士パスを繋いでいたことが何回もあったという。「まだまだそんな時代でした」と彼が述懐する姿を、私は見たことがある。
それが、満員のスタジアムでエリス・カップを高々と持ち上げ、勝利の雄叫びを上げているのは、この国最初の、そしてまたW杯優勝最初の黒人キャプテン、シヤ・コリシ選手なのである。ウィリアムズ氏にこの光景を、ぜひ見てもらいたかったと心から思っている。
そのコリシ主将、貧困家庭に生まれ育ったが、ウィリアムズ氏が活躍した24年前の優勝はまだ4歳であったため、あまり記憶にはないとのこと。その12年後の2回目の優勝の時は16歳、家にはテレビがなかったため、食堂でみんなで集まりテレビ観戦していたと語っている。その頃はすでにラグビーを始めていて、地元でも注目を集めるプレーヤーだったが、その12年後に自分が世界一のカップを持ち上げていることまでは想像していなかっただろう。
さて、今回の南アフリカの優勝は、今まで開始以来8大会続いていたラグビーW杯のジンクスを、ついに破ることになった。それは、予選プールで一度でも負けているチームは優勝できない、すなわち今までの優勝はすべて全勝優勝だったのだ。
それが、今回予選プールで13−23でニュージーランドに敗れつつも、南アフリカが頂点に辿り着いている。W杯の歴史を塗り替えたのだ。
その南アフリカだが、今回はそのディフェンス力の強さが際立っていた。準々決勝、ジャパンがあれだけ攻め入っても、結局はトライ・ラインを超えさせてもらえない。決勝でも、前半の終わりの方でイングランドの怒涛のような猛攻を、次々と跳ね返していった。
決勝トーナメントで与えたトライは、ウェールズへの1トライのみという、まさに攻撃的なディフェンスだった。
実は南アフリカが今まで優勝した2回の決勝戦では、どちらも双方が1トライも上げていない、キックによる得点だけのゲームだった。力勝負は見せるものの、その試合は退屈な印象は拭えない。それを今回は、決勝で左右のWTBが後半1トライずつを披露してくれた。
今大会トライを量産しているマカゾレ・マピンピ選手が豪快に決めれば、170cmの好漢チェズリン・コルビ選手が、相手を混乱させるステップですり抜け、美しいトライを決めてみせた。もう退屈とは言わせない説得力があった。
翻って、試合後のイングランドの落胆ぶりは、あまりにも印象的だった。全員から「なんで俺たちが今こんなところに突っ立っていなければならないんだ」という雰囲気が発散され、まるで中学生のように、そわそわと落ち着かなく、一刻も早く帰りたくてしようがないような、所在なさを感じた。若いチームなのだろう、非難するつもりはないが、優勝できなかった原因の、何かが見えた気がする。
さて今回のW杯、やはり終わってしまうと無性に寂寞感を感じてしまう。何回かチケット獲得にチャレンジしたが取得できず、一度も観戦ができなかったため「たまたま日本で開催されているだけ」とうそぶいてはいたものの、やはり私にとっても特別な大会だった気がする。
けれども、今回の大会成功とワールド・ラグビーの現状を考えると、私の生きているうちに、少なくともあと一度は日本で開催されると思う。その時は冥土の土産ということで、少々お高い席でも購入することにしよう。
今回最後に書かなくてはならないのは、3回前のこのコラムに書いた、ジャパンが行なったW杯直前の南アフリカとのテストのマッチ・メイクへの批判の文章についてである。その時は、私はこの時期に組まれるゲームではないと強く主張した。
しかし、ジャパンは本気で1位通過を狙いに行き、そして準々決勝で戦う可能性の高い南アフリカと身体を当てておくことの重要性を考え、このテストを強く望んだ。やはりそういうことだったのだと、今回つくづくと思い知らされた。
まだまだラグビーのことを私はわかっていなかった。ここに謹んで、自分の愚かな見解について謝罪をさせていただきたいと思う。本当に申し訳ございませんでした。
次回は、このW杯で印象に残った選手やプレーについて、少し触れていきたい。これに懲りずに、愚見にお付き合いいただければ、幸いである。
-…つづく
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