第47回:マッチョの国のトイレ・バス事情
私がスペイン全土を広く旅したとは思っていない。ましてや、あらゆる階層の人、貧はアンダルシアの日雇い百姓、バルセロナの貧民窟、天井はやんごとなき旧華族を知る者ではない。イビサという観光地で開いていた浜辺のカフェテリアのお兄さん(その当時、私はまだオヤジのカテゴリーでなかったと思いたい…)として10年ばかり過ごしただけだ。イビサというスペイン本土から見ればほとんど異質の、しかも芥子粒ほどの島に棲み、節穴から外界を覗くようにスペインを観ていたようなものだ。
だから、長く棲んだ割りに、私の知るスペイン、スペイン人は、至極限られた狭い範囲のものだ。にもかかわらず、スペイン人はムンムンするくらいのセックスアピールを常に匂わせていると言う。それが枯れることを知らないのは、彼らの体質によるものなのだろうか…。
バールにたむろしている、満足に歩くことすらできない、汚れ切ったジジイでも、道行くセニョリータ、セニョーラを物欲しげに、文字通り爪先から、頭のてっぺんまで猥褻かつ熱い視線で眺め回すのだ。それは、彼らの本能に根ざした義務のようなものだ。スペイン女性の方も、そんな視線をものともせず、跳ね返すだけのセックスアピールを放っているし、逆に観られることで、それだけ余計に美しくなっていくところがある。
スペイン人に混ざり合って、とりわけ下町のバール、カフェテリア、レストランに出入りするようになると、誰でもすぐに気づくことだが、男どもは、実に頻繁に自分の股間を触るのだ。もちろん、ズボンの上からだが、その位置を変えるために、あるいは局部的に痒くなったのか、つまむように、あるいはボリボリと盛大に掻くのだ。それを人前でも一向にハバカルことなく、まるで鼻先や頭を掻くように極当たり前のことのようにやるのだ。
中年以降のオヤジさんのズボンの前立ての部分が、あまり始終触るのでテラテラと光っていることさえある。この無意識に自分のイチモツに手をやる仕草に社会的階層が表れていると言えなくもない。やんごとなき風情の知り合いがいないし、そんなサークルに近づいたこともないので、彼らがカクテルパーティーの席で自分の股間を触るのかどうか、観察の機会を持ったことがないが、人口の80%を占めるであろう中流クラス以下(収入面で)の成人男子は、まずもって、自分の股間を人前でもよく触り、掻く。

フランコ時代まではこのようなアラブ式が多かった
私がスペインにいたのは、フランコ将軍時代の末期で、まだ各家庭にシャワーやバスがなかった。私がマドリッドで借りていた恐ろしく古い5階建てのアパートの各ユニットには、風呂もトイレもなかった。というか、1フロア6軒に一つの共同トイレ、しかもアラブ式とかトルコ式と彼らが呼ぶ、床に丸い穴をウガチ、その穴の両側に2、3センチの高さの足載せ台あるだけのシロモノだった。
西欧のトイレは、腰掛ける便座式だといういうのは事実ではない。その滑りやすい足台に、穴を跨いでしゃがみ込んで用を足す。純日本式な旧型トイレからキンカクシを取り払い、両足を乗せる固定の台を設置したものだと思えばよい。それで全く不便はないのだが、床に空けられた穴が直径15~20㎝ほどの小さいもの(子供が落ちないように…ということなのだろうが…)なので、皆が皆、ウンコを上手に穴に落とすとは限らないから、前世紀からこびり付いていたような遺物や下痢状に飛び散ったのを避けながら、微妙なバランスで暗い穴を跨ぐことになる。
そんなアパートの1軒に、私はスペイン人の友人のマキシモと棲んでいた。中には3人の子供を持つカップルも棲んでいた。14、5人が一つの便所を使うのだから、空きを見計らって素早く駆け込まなければならなかった。
…と書いてから、私がスペインから帰国してから住んだ横浜のアパートにも、5軒に一つの共同便所と共同の流しがあるだけだったことに気が付いた。
スペインの都会でも、シャワーは町の風呂屋さん(シャワー屋)に行くことになる。都会の下町には公営の風呂屋さん=シャワー屋さんがあった。普段は自宅で大き目の金タライに水、お湯を入れ、身体を拭く程度だったのだ。

スペインの一般的なトイレ、ビデ付きが多い
臭わない水洗トイレが一般に広がり、ピソ(piso;日本でいうアパート、マンション)にシャワー、バスが付くようになったのは、おそらくフランコが外貨獲得のため外国人を積極的に受け入れる政策を取り、スペインに観光ブームが到来し始めたからではないかと思う。
トイレ、シャワー談義が長くなってしまったが、スペインのマッチョの股間の掻き癖は、情事の後にシャワーを浴び、そこをキレイに洗うことができないことによるものではないか…また、毎日シャワーを浴びる習慣などありようもなく、すでに排泄器官としてしか用を足さなくなった、ご老体でも局部を清潔に保つスベがなく、自然と痒くなるのではないか…というのが、マッチョならざる日本人どもの見解だった。
但し、セニョリータ、セニョーラが股間に手をやるのを見たことがないと、彼女たちの名誉のために付け加えておきたい。
イビセンコの若い友達ペペも頻繁に股間に手をやる代表選手だった。彼のズボンのその部分も黒光りとまでは言わないが、変色していた。ある時、「ペペ、お前、どうしてそんなに四六時中それを掻くのだ? 何か悪い虫、シラミにでも取り付かれているのではないか…」と諭したところ、「イヤー、タケシ、お前のように取り澄ましていると、カビやコケが生えてしまうぞ、ものごと、良く動かしているとカビが生えないっていうからな~」と、平然とボリボリ掻くのであった。
-…つづく
第48回:ドイツ人医師、フアン・カルロス先生
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