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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第75回:コーベルさんのこと その2

更新日2019/07/04

 

コーベルさんの顔写真が『デアリオ・デ・イビサ(Diario de Ibiza)』(イビサ日々新聞)のトップに載った。写真の撮られ方からして極悪犯罪人扱いされていることは明白だった。コーベルさんは例のツナギのズボンにゆったりした綿のシャツ姿なのだが、ニコニコ顔ではなく、顎を引き、上目使いに、いわば三白眼に犯罪者然として映っていたのだ。そんな目つき、顔のコーベルさんは見たこともない悪人面をして映っていた。
 
容疑は銃火器の持ち込みを計ったことだった。当時、まだフランコ首相がどうにか死なずにがんばっていたから、そのような銃の取り締まりは異常に厳しかった。その時に調書を取られたのだろう、容疑者のプライバシーなど薬にしたくもないスペインの官憲は、最大もらさずマスコミにコーベルさんのプライバシー、前歴、スイスでの仕事、イビサに持っている家、ヨットのことなどを盛大に流し、それをそのまま記事にしたことのようだった。

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“Diario de IBIZA” イビサ日々新聞(記事は本文と無関係です)

その時、初めてコーベルさんが相当大きな電気機器メーカーの持ち主であることを知った。彼は自分を小さな電気屋と呼んでいたのだが、新聞に載った写真では、大きな工場の屋根に“コーベル”とネオンサインを載せた大そうな建物だった。

私は新聞を見るなり、ワイン、チーズ、ハムなどをプラスティックの箱に入れ、警察署に付随している拘置所に差し入れに出向いたのだった。多少、島のオマワリに顔見知りがいたから、差し入れくらいは許してくれるだろうと算段したのだった。
ところが、コーベルさんはすでに釈放された後だった。

ベスパを駆って『カサ・デ・バンブー』に引き返したところ、『カサ・デ・バンブー』の庭にコーベルさんと奥さんが入り込み、テーブルに着いていたのだ。『カサ・デ・バンブー』は一応白い漆喰で固めた塀を回してあるが、ゲイトとも呼べない簡単な腰までの高さしかない観音開きの格子フェンスドアが鍵もないままにしてあったから、誰でも庭に自由に入って来られるのだった。

私はバーのカウンターを塞いでいる木製の鎧戸を開けるのももどかしく、「オオ、今イビサで一番有名な男になりましたね~」とカマシたことだ。コーベルさんより奥さんの方がよほどカッカしており、どれだけ心配し、弁護士に大金を払ったかとまくし立てたのだった。例によって、コーベルさんはニコニコ顔でゆったりとしていたが、どこか疲れた様子だった。
出所祝いだとばかり、私はシャンペンを開け、ツマミ、軽食をご馳走した。

そして、コーベルさんがスペインの警察署での一泊談を語ったのだった。
何でも彼が持ってきたのは、この夏総出でやってくる息子夫妻と孫たちへの誕生日プレゼントの中に、男の孫のために持ち込もうとしたオモチャの拳銃と圧搾空気で色付きのピンポン玉を飛ばすプラスティックの猟銃のオモチャが引掛かったと言うのだ。

税関の役人は銃火器のそれなりの知識を持っているべきだと思うのだが、結構精巧にできているピストルに興味を持ち、コーベルさんが扱い方などを説明するのを聞かずに、いじくりまわし、プラスティックのタマを発射させてしまい、どうも自分のドジさをカバーアップするために、コトを大きくし、テロの容疑でコーベルさんを拘置所へ招待したというのが真相のようだった。

当時のスペインの官憲なら、さもありなんと思わせる話だった。もちろん、オモチャのピストルと猟銃は没収された。(後で、同じタイプものがイビサのオモチャ屋で売られていることを知った)

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サン・ホセの田園風景(本文とは関連はありません)

その後も毎年のようにコーベルさんの“小屋”に招待された。
サン・ホセのコーベルさんの別荘は、自身が小屋と呼ぶように、慎ましく、平屋の農家を寝室が二つだけの隠居住まいに改造した簡素で小さいものだった。もちろん、プールなどはなかった。しかし、土地は相当広いらしく、緩やかな傾斜地にまるで森に埋もれるようにその小屋はあり、そこから他の建物など全く見えず、こんな静かなところがイビサにもあったのかと感じ入ったことだ。

家こそ小さいが庭は広く、二人とも庭いじり、菜園に拘っているあり様が見てとれるのだった。イビサは雨が少なく、というより絶対的に足りず、農家は“一滴の水”も無駄にしないことに腐心する。コーベルさんの灌漑用水システムは、自分で「パテントものだ」と自慢するだけのことはあり、深い井戸から電動ポンプで汲み上げた水を一度傾斜地の上の方に掘り込んだ貯水庫に溜め、その貯水庫に水位により自動的にポンプが作動するフロートスイッチを付け、常に満水状態に保ち、そこから落差を利用し、黒く細いパイプを網の目のように庭、畑に張り巡らし配水しているのだった。その半分地中に埋められたパイプに錐を通したような極小さな針穴が穿ってあり、その穴から水が僅かに滴り落ちるというものだった。

「これは、トライ・アンド・エラー(試行錯誤)の連続で、どっちかといえばエラー(失敗)の方が多かったかな…」という灌漑水システムだった。庭いじりとヨットで、コーベルさん夫妻がいつも陽に焼けている道理だ。彼のトレードマークになっているツナギと大き目のコットンシャツに、麦藁帽でも被せたらイビセンコの百姓として通用しそうだった。

長く棲んだ家は、その持ち主の性格、生き方が自然と滲み出てくるものだ。イビサで豪華な別荘を数多く見たが、コーベルさんの家ほど、彼らの志向がよく表れている家を知らない。彼の企業人としての顔を垣間見たこともなく、イビサに来た時のリラックスしたコーベルさんしか知らないのだが、スイスでも彼の実直、素朴な言動は変わりようがないと思った。

コーベルさんがいつか、「オマエは、なんとなくウチの息子と似ている。ウチの息子はどうにも東洋趣味で、東洋の女性に弱い」と言っていたのだが、その息子一家を引き連れて、コーベルさんが『カサ・デ・バンブー』にやってきた。コーベルさん夫妻、息子さんとタイ人の奥さん、三人のお孫さんとまるでお披露目公演のようなご一行だった。どこが私に似ているものか、息子さんは母親似の優男で、目から優しさがこぼれ出ているようなハンサムな男だった。タイ美人の奥さんの方が、すべて取り仕切っている様子が伺えた。
私の方はといえば、およそ東洋趣味とはかけ離れたヤンキー娘と結婚することになるのだが…。

テーブルに長いことジッとしていられなくなった孫たちを引き連れて、コーベルおじいちゃんは下の海岸に降りて行き、石ころ、貝殻で遊ばせた。
そんな風景を眺めていた私に、息子さんが、「いつも、親父の面倒をみてくれてありがとう…」と、意外なことを呟いたのには驚いてしまった。

-…つづく

 

 

第76回:映画好きなイビセンコ

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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