第489回:自殺の手段と銃規制
私が勤めている大学に隣り合うようにして建っている高校の大きな駐車場があります。アメリカの中西部ではどんな建物の前にでも、それぞれ必要に応じた広さの駐車場があるのです。言ってしまえば、駐車場なしには何事も始まりません。薬屋さんは10台分くらい、教会は50~100台くらい、スーパーマーケットは200~300台ほどと、かなりのスペースの駐車場を用意しています。大学にも駐車場ビルを含め1,000台以上のスペースがあるでしょうか。
この高校も、先生のためだけでなく、車で通う生徒さん(コロラド州では16歳から運転免許が取得可能) のために広大な駐車場を持っています。私は毎日その脇を通り抜けるようにして通勤しているのですが、先週の水曜日、そこでピストル自殺がありました。自らの命を絶ったのは17歳になる男子高校生でした。まだ自殺の理由など詳しいことは発表されていませんが、コメカミにピストルを当て引き金を引いたようで、即死だったとみられています。
どうやって自分を殺すのか? 自殺志望の人にとって様々な選択肢があります。恋愛小説などは、特に女性の場合、最後まで自分の醜い姿を曝したくない、美しく死にたいと思うように書いてあります。安らかにキレイに死ねる方法はないかと、随分探し、研究することもあるようです。
世界で毎年100万の人が自らの命を絶っています。WHO(世界保健機構)の報告では40秒毎に一人自殺しているとあります。日本は自他共に許す自殺大国だと思われていますが、先進8ヶ国(G-8)の中ではロシアが圧倒的なトップの座を占め、10万人に対し自殺40件で、日本は24人、フランスは18.4人、アメリカは10.4人で日本の半分以下です。
世界全体で見ても、地域別になりますがグリーンランド(デンマークの領土です)10万人当たり83件にもなっています。お隣の韓国も28.5件と、日本よりかなり高い自殺率なのです。ですから、日本は決して自殺大国とは言えない…のですが、20歳から44歳までの男性に限れば、世界一になってしまうのです。日本の働き盛りの男性はストレスの多い、キビシイ人生を送っている…のでしょう。
アメリカでも自殺阻止予防運動が主に宗教団体が主体になって行われています。自殺する人は思い悩んだ末に、死ぬより他ないと判断する場合もあるでしょうが、その多くは衝動的に自殺に走るようです。ましてやピストルが手の届くところにあるとなると、ちょっとしたイライラや家族へのあてつけ、学校のクラスメートのイジメ、先生への面当てで、コメカミに銃口を当てズドンと一発撃ってしまうのです。アメリカで毎週400人もの人がピストル自殺をしています。この数字は家庭での銃の暴発や誤射による死者を含んでいない数字です。
もし身近にピストルがなければ、彼ら、彼女らが他の手段、首吊り、薬、飛び込みで自殺を図るまでには至らなかったはずです。首吊りなら、まず丈夫なロープを探し、適当な高さの梁や大木の枝を見つけ、そこへロープを廻し、輪を作る…と数多くのプロセスを踏まなければなりませんから、その間に一時の激情も治まる可能性が高いことでしょう。ところがピストルとなると、引き金を引くだけですから、思いとどまり、考え直す暇などありません。
2014年の自殺総数は42,773件で、そのうち21,334件が銃火器を使っています。約50%が銃火器、大半はピストルで自殺していることになります。ピストル自殺の特徴は、10代の子供たちと、アフガニスタン、イラクなどの戦場から帰った退役軍人に多いことです。ピストル自殺した子供を持つ親が中心になってニューハンプシャー州で銃火器を家庭でもっと安全な、子供たちの手の届かないところ、金庫のような安全格納庫に鍵をかけて仕舞うことを呼びかけています。また、自殺予防ホットラインを設け、銃火器による自殺予防のカタログ・パンフレットを銃砲店のカウンターに置いてもらったりの運動を展開しています。残された親がピストルを子供の手の届かぬところに仕舞うべきだったという後悔の気持ちが、ピストル自殺防止運動の動機になっています。
銃をどのように家庭内で保管するかの基準を設けている州もありますが、そのような法律を具体的にどのように施行するかとなると、全く別問題で、警察がアメリカ全世帯の80%にも及ぶ銃を持っている家々を一軒一軒回って調べることなどとてもできませんから、誰がどのように歌おうが、誰も踊らないのが現実です。第一、鍵のかかった収納庫に銃を仕舞ったところで、子供たちは親のいない間にそんな鍵など開けてしまうものです。唯一のピストル自殺の予防は、家に銃火器を置かないことなのは自明です。
毎週のように銃による大量殺人が起こっており、その度に銃規制が叫ばれます。NRAのスポークスマンはいつものように、「銃を所有するのは憲法で保障されたアメリカ人の権利であり、銃そのものに罪はない。使う人の問題だ」を繰り返すばかりです。銃規制はNRA(National
Rifle Association)のロビーイスト(圧力団体)の前では、何をやっても、どんな運動をしても、無駄という虚しい結果に終わってしまいそうです。
それを、「なるほど」と納得してしまうアメリカ人の精神の方が歪んでいるのではないでしょうか…。
追信: ボブ・ディランさんが2週間も経ってから、スウェーデンのノーべル賞委員会に“謹んで、ノーベル賞を受ける”旨連絡しました。ノーベル賞など無視してしまうのかと、多少期待していたのですが…。後は受賞記念公演でギターとハーモニカで一曲、彼の渋い喉を披露してくれることを期待しています。(編集部:2016.11.16のニュースでは、ノーベル賞授賞式は欠席する通知が届いたようで、その理由が「先約がある」からだそうです…)
第490回:アメリカ
“監獄ロック”
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