第828回:アメリカの医療費破産
アメリカの医療保険制度が欠陥だらけなことは知れ渡っています。どこの国でも、すべての人を満足させる医療保険などあり得ないことは分かっているのですが、それにしても、アメリカの医療保険は酷すぎます。
おそらくアメリカは、医療技術、治療法、病院看護などなど、医療に関することすべてにおいて、世界で一番進んでいる国の一つでしょう。ただ、それを享受できるのは一部の大金持ち層だけという条件が付きます。
合衆国政府がバックアップしている老人用の国民健康保険もあるにはありますが、窓口は私企業の保険会社で、必ずどこかの営利保険会社を通さなければなりません。保険会社は、国の基本保険に様々な付帯条件を付けて売り出しているのです。それがまた、その数が何十とあり、どの保険会社を使えば、自分の健康状態、現在住んでいる地域の医療設備に合うのか判断するのがとても難しくなっています。
ですから、自分が持っている健康保険証が使える病院、医院が限られてきます。水戸黄門のお札のように“自由”をモットーにするアメリカ人が病気になった時、病院を選ぶ自由がないのです。すべて保険会社に牛耳られているのです。お医者さんがどのような治療をするかまで、保険会社が規制しています。
もう2シーズンも前のことになりますが、ダンナさんがスキーの事故で頭を打ち入院した時、その時はいくらお金が掛かってもどうか命だけは助けてやってください…と祈りましたが、その2ヵ月後にその医療費の請求書が来た時には本当に驚きました。日本円で5,000万円相当だったのです。
ダンナさん、「俺の、頭にそんな価値はないぞ~」などと呑気なことを言っているし、どうしたものか見当もつきませんでした。幸い、世事に長けたスキーの仲間のいろいろな教えに従い、なんとかケリをつけました。それでも小型の乗用車ほどの支払いでしたが、最後はエーイ、これで終わりにしちゃえとばかり、支払ったのでした。
しかし、私たちがなんとか払えたからそれで良かったけれど、それも払えない人たちがアメリカには大勢います。
個人破産の41%は医療費によるもので、破産のトップを占めています。憧れの家を年賦で買ったはいいけど、月々の支払ができなくなった、子供の学費のために借金したけど、子供は大学を辞め、借金だけが残ったなどなど、破産の理由はたくさんあるのでしょうけど、何と言っても医療費が支払えないのが、個人破産の圧倒的に一番の原因です。
この41%はアメリカ全体の平均値ですが、南部の州では医療費の負債で破産するパーセンテージはグンと高くなります。これは健康保険の加入者が少ない州だからで、第一、何の保険にも加入していない人が圧倒的多数だからです。
個人破産すると、まず、固定資産が没収されます。家、アパート、農地それに車などです。もちろん、クレジットカードも使えなくなります。年賦で購入し、支払いの終わっていない車(大半の自動車販売は年賦で行われます)、家具なども競売にかけられます。このように個人破産宣言を下すのは地方裁判所ですが、裁判へ持っていくのは、病院、医療機関が依頼した借金取り立て会社(collection agency;政府の認可を受けた私立の会社)で、そこが手数料を取り、請け負っています。
そんな借金取り立て会社は、弁護士、調査員を抱えていますから、負債が取り立て会社に回ったら、普通の素人はまず裁判で勝ち目はなく、破産宣言されるのを待つだけになってしまいます。個人破産はアメリカで市民権を失うのに等しい状態で、投票権こそなくなりませんが、ホームレスになって、教会などがやっている“給食”を貰うために、長い列に加わるしかなくなるのです。
ダンナさん、例によって、「あれ、結構なボリュームがあるみたいだし、何だかとても美味そうに見えるぞ、一度くらい試食させて貰いたいもんだ…。けど、そうすると、ホンモノのホームレスの食べ物を横取りすることになるしな~」と思案顔なのです。
悲惨なのは、世帯主に破産宣告が出されると、本人だけでなく、その家族全員が路頭に迷うことになることです。
医療費を払えないというは、治療を受けた後からの問題ですが、保険、信用あるクレジットカードを持っていないと、第一、病院で受け付けてくれません。門前払いを食らうのです。今日、マスコミの目がうるさく、病院の玄関前で死ぬ人は目立たなくなりましたが、一旦、院内に入れてから、猛烈に忙しい救急医院などで、確実で素晴らしい保険、クレジットカード持っている人を、支払い、取り立てに問題のありそうなホームレスより優先させることが多いと…言われています。
ウチのダンナさん、裂けたジャケットにガムテープで貼っつけ修理したのを愛用しているし、ホームレス以上に本物に見えるのでしょう、ホームレスの溜まり場になっている郡の図書館でホームレスから、スナック、りんご、オレンジなどを貰って来るのです。それをまた、喜んで食べ、飲み、自慢げに、「奴らは俺に同胞意識を持ってくれたぞ」と報告するのです。でも、あまりにホームレス同様の服装をしていると、この田舎の病院でも受け付けてくれない可能性があると知ってから、少しマシな格好をしようかな…と言い出していますが…。
アメリカの医療システムを変えるより、彼の服装を、せめて病院で門前払いを食わない程度に変える方が、遥かに易しいとやっと気が付いたようです。
第829回:野生の呼び声
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